カルチャー&ホビー

歴史上の人物で知られる。名門武家にルーツをもつ名字「畠山」

2026.02.05

  • facebook
  • line
  • twitter

墨アート製作/越智まみ

名字の世界 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。連載一覧はこちら>>

畠山(はたけやま)

東北を中心に、東日本に広く分布している名字で、名字ランキングでは300位以内というかなりメジャーなものです。そのルーツは地名で、実はちょっと複雑な歴史を有しています。

さて、「畠山」という名字から連想する歴史上の人物といえば、源平合戦で活躍した畠山重忠でしょう。NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では中川大志さんが演じて話題になったことも記憶に新しいと思います。

歴史に詳しい人だと、室町幕府の三管領の一つだった名門武家の畠山氏をご存じの方もいるでしょう。戦国時代に河内国や能登国の戦国大名として活躍した畠山氏も管領畠山氏の一族です。


この時代の違う2つの畠山氏、同じ一族なのですが、直接の子孫というわけでもないのです。

畠山氏のルーツは武蔵国男衾郡畠山荘(現在の埼玉県深谷市・熊谷市付近)です。平安時代後期に桓武平氏一族の秩父重能がこの付近を開発して自ら領主となり、畠山庄司と名乗ったのが祖です。

この重能の子が重忠で、源平合戦では源氏方として活躍しました。中でも有名なのが、一の谷合戦の際に鵯越(ひよどりごえ)で馬を背負って崖を駆け下りたという逸話で、深谷市にある畠山重忠公史跡公園には馬を背負った重忠の銅像が立てられています。当時の馬は現代のサラブレッドとは違って小さく、体高は120~140cm前後だったといい、ひょっとすると背負えたのかもしれません。

この他にも、『平家物語』には宇治川の戦いで馬で渡れる浅瀬を調べたり、溺れかけた大串次郎重親を対岸に投げ上げて助けるといった活躍が描かれています。

馬を背負った畠山重忠の銅像

馬を背負った畠山重忠の銅像

さて、重忠は鎌倉幕府成立後は幕府の有力御家人となるのですが、頼朝の没後北条氏と対立し、やがて謀叛の疑いをかけられて一族が滅亡するのです(畠山重忠の乱)。

畠山一族の滅亡後、北条時政の娘である重忠の妻は、清和源氏の名門足利義兼の子義純と再婚します。義純は畠山氏の旧領を受け継ぐと、名字を「畠山」に変えて引き続き鎌倉幕府の御家人として活動しました。

そして足利尊氏が室町幕府を開くと、畠山氏はその一門として幕府の最高役職である管領に就任、室町時代を代表する名門武家となったのです。以来一族は次々と分家を出して各地に広がり、「畠山」はメジャーな名字となりました。

従って、「畠山」のルーツは桓武平氏なのですが、現在の「畠山」は源氏系が多いとみられます。

・ほかの名字の由来も読む>>


森岡浩/Hiroshi Morioka
姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。

墨アート製作 書家・越智まみ(https://esprit-de-mami.com/

写真提供/森岡 浩

  • facebook
  • line
  • twitter

12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2026 / 02 / 05

他の星座を見る

Keyword

注目キーワード

Pick up

注目記事
12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2026 / 02 / 05

他の星座を見る