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歌舞伎俳優 中村鴈治郎さん×映画監督 李 相日さんインタビュー【中編】上方歌舞伎が醸し出す味わい

2025.12.19

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©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

〔特集〕その魅力は世界へ、未来へ歌舞伎こそ、“国の宝” 三大義太夫狂言の通し上演が話題を集め、映画『国宝』が歴史的ヒットを記録するなど、今、ふたたび“歌舞伎”が世界的にも注目を浴びています。伝統を受け継ぎながら進化を続けるその普遍的な魅力をさまざまな角度から紐解きます。

【前編】映画『国宝』がもたらしたもの>>

特集「歌舞伎こそ、“国の宝”」の記事一覧はこちら>>>

上方歌舞伎をモチーフにすることで「血か、芸か」というテーマにリアリティが生まれた気がします

──中村鴈治郎さん

『廓文章吉田屋(くるわぶんしょうよしだや)』:豪商の跡取り息子だが傾城の夕霧に入れ揚げ、勘当されてしまった伊左衛門。編笠に寒々しい紙衣(かみこ)姿で揚屋を訪れ、夕霧に対して拗ねたり仲直りしたり。そこへ実家から勘当を許す知らせとともに夕霧身請けの千両箱が届く。写真は中村壱太郎さん演じる夕霧(2020年12月南座)。

『廓文章 吉田屋(くるわぶんしょうよしだや)』
豪商の跡取り息子だが傾城の夕霧に入れ揚げ、勘当されてしまった伊左衛門。編笠に寒々しい紙衣(かみこ)姿で揚屋を訪れ、夕霧に対して拗ねたり仲直りしたり。そこへ実家から勘当を許す知らせとともに夕霧身請けの千両箱が届く。写真は中村壱太郎さん演じる夕霧(2020年12月南座)。

『心中天網島河庄(しんじゅうてんのあみじまかわしょう)』: 写真上、下・北新地の遊女・小春と紙屋の主人治兵衛は深い仲。小春は一度は治兵衛の妻・おさんへの義理から身を引く覚悟をするが、その事情は治兵衛の知るところとなり、二人は網島で心中する。写真は中村鴈治郎さん演じる治兵衛と、中村壱太郎さんの小春(2019年1月大阪松竹座)。

『心中天網島 河庄(しんじゅうてんのあみじまかわしょう)』
2・3枚目写真・北新地の遊女・小春と紙屋の主人治兵衛は深い仲。小春は一度は治兵衛の妻・おさんへの義理から身を引く覚悟をするが、その事情は治兵衛の知るところとなり、二人は網島で心中する。写真は中村鴈治郎さん演じる治兵衛と、中村壱太郎さんの小春(2019年1月大阪松竹座)。

──『国宝』では、大阪を拠点とする歌舞伎の名門の家を舞台に物語が繰り広げられ、劇中では上方歌舞伎の名作『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)』が演じられます。なぜ上方=関西が舞台に選ばれたのでしょうか?

鴈治郎 吉田修一さんが取材に入ったのが僕のところだったから上方の役者の家の話になったのだろう、なんて皆さんからいわれますが、こちらから上方歌舞伎を描いてくれ、といったわけではないですよ(笑)。何しろ僕は新聞連載で毎日ストーリーを読むまで、どんな話になるか知らなかったんだから。

 そういえばここに至るまで、我々はなぜ上方を舞台にしたのか、吉田さんに聞いていないですね。でも吉田さんは長崎の出身でしょう? 東京の歌舞伎よりも上方のほうがなじみ深く感じられた、というのがあるかもしれないですね。

鴈治郎 物語においても、まだそんなに飛行機のない時代だから、長崎での宴会に歌舞伎役者を招くとなったら東京からでは遠すぎるので大阪から招いたのかもしれないね。

上方歌舞伎が醸し出す独特の味わい

 上方歌舞伎の芝居には、『曽根崎心中』に代表されるように、粘りというのかな、独特の味を感じるんです。関西弁はスピードがあって次々繰り出されますが、上方の芝居は粘る。お初と徳兵衛が花道を何度も行っては戻り。ラストの心中場でもお初が何度殺してとせがんでも徳兵衛は繰り返し逡巡する。

──江戸時代、将軍のお膝元である江戸で「荒事」が好まれたのに対し、商人の街・大坂では初代坂田藤十郎による「和事」と呼ばれる柔らかな芸風や恋愛模様を描いた作品が人気を集めました。

鴈治郎 大阪には、今の歌舞伎にとって大切な財産になっているものを生み出してきた土壌があるんです。さらに、江戸……という言い方はあまり好きではないけれど、東京の歌舞伎がきっちり型を踏襲していくのに比べて上方歌舞伎は自由度が高いというか、役者の個性で演じることが許される雰囲気があるのかもしれませんね。そこが『国宝』の世界に合っていたのかな。

 そして、粘り。あの粘りのあやは、粋をよしとするさばけた関東にはない、上方歌舞伎の醍醐味です。

──戦前までは隆盛を極めていた上方歌舞伎ですが、戦後は大阪の道頓堀から歌舞伎の劇場が相次いでなくなり、小説『国宝』の中で花井半二郎が借金を抱えたのも、関西での歌舞伎の灯を絶やすまいと私財を投じたからと思われます。

鴈治郎 現実の歌舞伎の世界にも同じようなことがあり、先輩方の努力によって、何とか年に数回は大阪松竹座、京都の南座で歌舞伎ができるところまで盛り返しておりました。ところが残念なことに、2026年5月で大阪松竹座が閉館することが決まってしまったんです。これは歌舞伎だけじゃないですよ、関西のあらゆるエンタメにとって憂慮すべきことです。もともと大阪はあまりにも劇場が少ないんです。

関西のエンタメを、劇場を、守りたい

 昔は道頓堀の大阪松竹座があるあの通りに、劇場が何軒も並んだ時代もあったんじゃないですか?

鴈治郎 かつては角座、浪花座、中座、朝日座、弁天座があって「道頓堀五座」と呼ばれていた。僕が知っているのは4座ですけれどね。いずれにせよ、道頓堀は日本のブロードウェイといわれるほど賑わう芝居街だった時代もあったんです。

 寂しいですね。

鴈治郎 僕は祖父の家がなくなってから関西に帰る場所がなく、それではいけないと襲名を機に大阪に住所を移しました。でも大阪で公演がなければ住み続けていることは難しい。東京一極集中でなく、何とか関西の歌舞伎の灯を絶やさないようにしたいですね。

(後編へ続く。この特集の一覧>>

この記事の掲載号

『家庭画報』2026年01月号

家庭画報 2026年01月号

取材・文/清水井朋子 地図制作/尾黒ケンジ 舞台写真・協力/松竹

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