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歴史好きなら読める難読名字「十河」。古代から続く系譜です

2026.01.07

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墨アート製作/越智まみ

名字の世界 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。連載一覧はこちら>>

難読名字:十河(そごう・そがわ・とおごう)

「十河」と書いて「そごう」と読みます。戦国時代に興味のある方だと、「鬼十河」として有名な戦国武将十河一存(かずまさ)がいるため読み方を知っていると思いますが、そうでないと難読の名字といえます。

ルーツは讃岐国山田郡蘓甲郷(現在の香川県高松市)という地名で、第12代景行天皇の子神櫛王(かみくしおう)の子孫という古い氏族です。「蘓甲」という地名は「十川」「十河」と書かれるようになり、名字は「十河」となります。


高松市十川東町にある十河氏の居城跡には称念寺が建てられた。

高松市十川東町にある十河氏の居城跡には称念寺が建てられた。


称念寺の近くには、かつてお城があったことを示す「城」というバス停がある。

称念寺の近くには、かつてお城があったことを示す「城」というバス停がある。

以後代々讃岐国に力を持つ一族として続きました。室町時代には守護細川氏に仕えて四国各地に進出したらしく、伊予の守護代や、阿波守護の家臣に十河氏の名が見えるようになります。

戦国時代になると阿波の三好氏の重臣となることでさらに発展、やがて没落した三好氏にかわって阿波国から讃岐国東部にかけて大きな勢力を持つ戦国大名となりました。なかでも有名なのが三好氏から養子となった一存(かずまさ)です。

その後長宗我部元親に敗れて没落、一存の子・存保(まさやす)は豊臣秀吉に仕えたものの、豊後戸次川合戦で戦死して衰退しました。なお、江戸時代子孫は二家に分かれて十川村と熊栗村の大庄屋となり、両家とも高松藩から名字帯刀を許されていました。

さて、「そがわ」という地名は現在は「十川」と書き、名字も「十河」と「十川」に分かれています。

さらに読み方も「そごう」と「そがわ」に分かれ、高知県の「十河」は「とうごう」「とおごう」と読む他、「十川」と書いて「とがわ」と読む名字も各地に点々とあるなど、書き方・読み方ともに様々に変化しました。

現在では、「十河(そごう)」が最多で、次いで「十川(そがわ)」が多く、この2つは名字ランキングで5000位以内のメジャーな名字です。以下、「十川(そごう)」「十川(とがわ)」「十河(そがわ)」の順となっています。


森岡浩/Hiroshi Morioka
姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。

墨アート製作 書家・越智まみ(https://esprit-de-mami.com/

写真提供/森岡 浩

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