〔連載〕二階堂ふみが体験して学ぶ 日本の美 その“奥”へ 俳優・二階堂ふみさんが日本文化の奥に足を踏み入れ、その美を学ぶ人気連載。今回は、以前から二階堂さんが金継ぎで直したいと思っていた器を携えて、蒔絵師・金継ぎ師の松田祥幹さんに、その魅力を教えていただきます。
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第9回 松田祥幹 蒔絵・金継ぎ教室
松田祥幹(まつだ・しょうかん)蒔絵師・金継ぎ師。1965年福井県出身。祖父は松田蒔絵初代秀悦、父は現代の名工にも選出された2代目眞扶。2005年、アトリエを福井県から東京都に移し教室を開講。静謐な筆致の蒔絵作品も人気が高く、確かな技術をもとにした金継ぎ教室も好評。
修繕と同時に加飾し繕いを愛でる日本の美意識
蒔絵師の3代目として、蒔絵作品の制作とともに、東京都中央区築地にて蒔絵教室、金継ぎ教室を主宰する松田祥幹さん。今回の対談は、撮影場所として東京郊外のギャラリーをお借りし、松田さんに金継ぎの歴史や技法と、その魅力について教えていただきました。
二階堂さん(以下、二階堂) 金継ぎを知る前は、割れてしまった器はそれでおしまいだと思っていました。直すことでさらによさを出す、なんて素敵な美意識なんだろうと思います。
松田さん(以下、松田) 繕ったものに面白みを感じるという美意識は、室町時代からといわれています。東京国立博物館に足利義政が所持したとされる「馬蝗絆(ばこうはん)」という中国伝来の青磁の茶碗があります。ひびが入ったので中国に送り同じものを求めたところ、もうこの質のものは作れないと、ひびを鎹(かすがい)で止めて返還されたと伝わります。これが珍重されました。
二階堂 最初から金が蒔かれていたのではないのですね。
松田 漆で継いだままのものから、桃山時代以降、徐々に金を蒔くようになりました。漆を使うことから、金継ぎの仕事は蒔絵師がすることが多かったんですね。そのため、継いだところに蒔絵や螺鈿を施し、修繕と同時に加飾するという蒔絵師ならではの技法に発展しました。
金粉を蒔くための「蒔き筒」は、松田さん自ら葦の茎を採取し手作りしたもの。
上写真の前の工程。ひび割れに漆を浸透させて接着した後、仕上げに漆で線を描く。器は、二階堂さんの手持ちのもの。