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鎌倉幕府にも関係あり。愛媛県がルーツの名字「河野」

2025.11.13

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墨アート製作/越智まみ

名字の世界 姓氏研究家の森岡 浩さんが日本人の名字を紹介します。あなたの意外なルーツが分かるかも?知れば知るほど面白い、名字の世界をお届けします。連載一覧はこちら>>

河野(こうの・かわの)

「河野」という名字を見て、最初にどう読んだでしょうか。

「河野」には「こうの」と「かわの」という2つの読み方があり、いずれも普通の読み方です。

名字ランキングでいうと両方とも200位前後なのですが、「こうの」の方がやや多くなっています。とはいえ、いずれもかなりメジャーな名字であることには違いありません。


「河野」は愛媛県を中心として広がった名字です。

JR予讃線柳原駅から山に向かって2キロほど歩いたところに善応寺という寺があり、境内入り口に「河野氏発祥之地」の碑が建てられています。

境内入り口にある「河野氏発祥之地」の碑

善応寺の境内入り口にある「河野氏発祥之地」の碑

この付近はかつて伊予国風早郡河野郷といい、現在は愛媛県松山市の河野地区です。

古代、伊予国には古代豪族越智(おち)氏が栄えていました。

文武天皇の時代に越智玉興が伊予大領となり、弟の玉澄が河野郷に住んで河野氏を称したと伝えています。

平安時代には藤原純友の乱の鎮圧に活躍し、源平合戦ではいちはやく源氏方について屋島合戦などで功をあげ、鎌倉幕府の成立後は幕府の御家人となりました。

以後水軍を擁して代々瀬戸内海に勢力を振るい、戦国末期に長宗我部氏に敗れるまで同地の大名として続きました。鎌倉時代に時宗を開いた一遍上人は河野氏の一族です。

この地名、古くは「かわの」と読んだらしく、『平家物語』にも「伊予の河野四郎(かはののしろう)」とあります。

後に地名は「こうの」と変わり、河野氏も「こうの」となりました。

そのため、「河野」は「こうの」「かわの」の両方の読み方が多いのです。

「河野」という名字は、現在も愛媛県を中心に広がっています。

ルーツの地である愛媛県では圧倒的に「こうの」と読むほか、隣接する広島県、香川県でも9割以上が「こうの」さん。しかし、その外側の徳島県や福岡県、大分県、宮崎県では「かわの」が主流となっています。

なお大分県には「川野」という名字も多く、ここから漢字を「河野」に変えたものもありそうです。

一方、東日本では「河野」はそれほど多くなく「こうの」と「かわの」が混在しています。

都道府県単位でみると「かわの」が多いのはわずか10県にすぎず、残りの37都道府県では「こうの」と読むことが多いのですが、宮崎県・大分県・福岡県に圧倒的な数の「かわの」さんがいるため、全国を合計するとほぼ半数ずつとなっています。
森岡浩/Hiroshi Morioka
姓氏研究家。1961年高知県生まれ。早稲田大学政経学部在学中から独学で名字の研究をはじめる。長い歴史をもち、不明なことも多い名字の世界を、歴史学や地名学、民俗学などさまざまな分野からの多角的なアプローチで追求し、文献だけにとらわれない研究を続けている。著書は「全国名字大辞典」など多数。

墨アート製作 書家・越智まみ(https://esprit-de-mami.com/

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写真提供/森岡 浩

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