連載「いのちに想う」9月 鳴き声
ホンドタヌキ
文=小林朋道(公立鳥取環境大学学長・動物行動学者)20年近く前になる。大学周辺の道路で車にはねられ後肢を損傷して、道路中央で横たわっているホンドタヌキを見つけて私に知らせてきた学生がいた。
一緒にとんでいき、気をつけながらタヌキを毛布に包んでそのまま動物病院に連れて行った。脱臼と骨折と診断され、引き取って、数週間、キャンパス内の我々しか知らない小屋で飼って回復させた。
あんパンをよく食べた(一応、野生の食肉目イヌ科の動物である)。横たわっていた道路の近くの森に放してやるとき、雨に濡れると数か月で離脱する首輪に発信機を取り付け、GPSで行動を追跡した。
そんなことがきっかけになり、ホンドタヌキの研究を数年間やることになった。9月の夜、大学のキャンパス林から「キャイ──ン、キャイ──ン」というイヌの悲鳴のような声が聞こえることがある。
その正体、私にはすぐわかる。春に生まれた子どもを番(つがい)で大切に育てるホンドタヌキは、9月ごろになると、親夫婦が子どもを自分たちの縄張りから追い出し独り立ちを促すのだ。
そして青年タヌキはそれを嫌がり鳴くのである。でも仕方なく徐々に親から離れ、自分の縄張りを確立し、番相手を見つける。擬人化して言うと、そこに父母の愛と、子のための厳しさを見るのである。
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