連載「言葉の道しるべ」7月 別れ
選・文=齋藤 孝(明治大学教授)辞世の句だが、湿っぽくない。大仰な覚悟でもない。「気散じ」は、気晴らしのこと。死んだら人魂になってふらふらと夏の野原に気晴らしに行こう、とはなんとも軽やかな脱力の境地だ。
「夏の原」に、自分の好きな場所を入れてもいい。私なら故郷の駿河湾か富士の山か。
北斎の想像に乗りたくなる。今生とのあっさりした別れ方だが、北斎はこの世に飽きたわけではない。終生、浮世絵への情熱は熱いまま。死の直前、「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし」と言った。熱く、軽やかに。この両立がさすが達人。
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