〔連載〕二階堂ふみが体験して学ぶ 日本の美 その“奥”へ 俳優の二階堂ふみさんが、一流の伝統の担い手から日本の文化を学び実際に体験して、その奥に宿る真髄に触れる本連載。第3回は、華道家元池坊45世家元を祖父に持つ池坊専宗さんの導きで、二階堂さんにとって人生で初めてとなる「いけばな」に挑みました。
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第3回 華道家元池坊

日本独自の文化である「いけばな」を確立し、室町時代より約560年の歴史を受け継ぐ華道家元池坊。その家元に生まれ、若き華道家として注目される池坊専宗さんから、いけばなを学びます。
池坊専宗(いけのぼう・せんしゅう)華道家・写真家。次期家元池坊専好の長男として京都に生まれる。ラジオ日本『池坊専宗の団子より花』のパーソナリティを務めるなど、幅広く活躍する。大阪・関西万博の期間中、落合陽一氏がプロデュースするシグネチャーパビリオンの茶室にいけばなを展示している。
「答えはすべて自然の中にあります。この目の前の植物の命が教えてくれます」── 池坊専宗

二階堂さんが訪れたのは、国の重要文化財に指定されている護国寺の月光殿。床の壁画は狩野永徳の筆と伝えられ、水墨で蘭亭曲水の図が画かれている。障子から差し込む光の中、池坊専宗さんの言葉を頼りに、二階堂さんは空間と植物と自身が溶け合う感覚を楽しむ。
草木の距離感に心を寄せ互いの居心地のよさを慮る
二階堂さん(以下、二階堂) 実は花を生けるのが苦手で(笑)。
池坊さん(以下、池坊) いけばなの世界は堅苦しく捉えられがちですが、正解を目指すものではありません。いい花は生けたいけれども、それが目的ではありません。だからこそ、花を手に取ったり戻したりと悩むことや迷う過程を、今日は二階堂さんにも楽しんでいただけたらいいと思っています。
二階堂 心が揺れることを肯定していいというのは、新しい領域かもしれません。それを受け入れる、非常に自由で柔軟な余白が華道にはあるのですね。迷いながらも、目の前にある植物をまじまじと観察し、対峙することで、自分の心の内がいけばなに映し出されるようです。
「迷いや揺れることを肯定できる自由な余白が華道にはあるのですね」──二階堂ふみ
池坊 植物を生けるうえでは、「水」「光」「風」の3つの要素を考えることが非常に大切です。つまり答えは自然の中にあり、目の前の植物の命、在り様が教えてくれます。まずは水盤に「水」を十分に注いでください。中に敷かれた小石をできるだけ整えて、水平線を手ですーっとならしてください。どんな気持ちでしょうか?
二階堂 調和がとれるようです。植物を生けるまでの準備も、気持ちを落ち着かせるのですね。
池坊 植物を選んだら、どんな小さな雑草であろうと大きな樹木であろうと、「光」が注ぐように、お互いに喧嘩をしないよう、心地よい間合いを考えてみましょう。
二階堂 他者と共生するということは、人間も同じですね。
池坊 そうです。水盤の中に自然界の姿を表現しようとすれば、おのずと関係性が見えてきます。軸となる枝や茎、花、葉、どの部分にも光が注ぐように、小指1本の距離感を測りながら、清らかな「風」が通るように整えます。
二階堂 忙(せわ)しない日々の生活の中で、これまで植物がどのように距離を保っているかということを、意識したことがありませんでした。
池坊 目の前の細やかな植物の命を感じるためには、自分自身も健やかであることが大切です。
二階堂 華道を学ぶということは、身近で育まれている命の美しさに気づくことでもあるのですね。
水辺や里山の情景を礎に花器とともに物語を紡ぐ
二階堂さんが持参した花器を前に、植物と器の関係について伺いました。
花器にした壺屋焼の抱瓶(だちびん) は、二階堂さんの出身地、沖縄の人間国宝・金城次郎の作。

初夏の草花で彩られた花桶から、心に留まった花を選んでは戻して。ぺんぺん草を手に「こういう身近な雑草が、自分の心を豊かにしてくれることを再発見しました」
池坊 いけばなにおいて器は大地の象徴です。植物と器、どちらも単独では成り立たず、どちらかが主従となることもありません。まずは、じっくりと器を観察することが大切です。
二階堂 器の個性を受け止めて枝を1本入れただけで、はっとするほど雰囲気が変わりました。
集中すると視界が狭くなるため、体を引いて全体のバランスを確認。

植物を慈しむような池坊さんの仕草も、二階堂さんの記憶に刻まれたよう。

テコの原理を用い、刃の奥で切るのがコツと教わって。
池坊 二階堂さんが最初に選んだ枝は、銀葉(ぎんば)という山辺の草木。木々の根元にはシダや小花、雑草が群生しています。どんな光景を想像するかで、一つの器に多彩な物語を描けることが、いけばなの魅力です。
伸びやかな銀葉と風になびく山吹、二階堂さんお気に入りのぺんぺん草を、余白を意識しながら構成。池坊さんのお手入れで、足もとにタバリアファンが加わると、ぐっと瑞々しさが増して。
二階堂 自分が、どれほど外に目を向けてきたかという経験が、映し出されるのですね。
池坊 困ったら自然に立ち返ると、手がかりが見えてきます。