江戸の町ではファストフードやコンビニも大人気だった⁉ 江戸の外食産業をひもとく

〔特集〕令和に受け継がれる文化と知恵　ブーム到来、「江戸」の底力　蔦屋重三郎など多士済々だった江戸時代中期から後期は、訪れた外国人も「日本人はよく笑う」と評するほど明るい時代でした。現代の私たちがもっと元気に楽しく過ごせるヒントは、そんな江戸の人々の暮らしにありそうです。芸術や食文化、そして生活の知恵などから、今に通じる江戸の心意気を探っていきます。前回の記事はこちら＞＞

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江戸の町ではファストフード、コンビニも大人気だった⁉

江戸では、同時代のパリやロンドンよりも外食産業が充実していました。

その大きな要因の一つとして挙げられるのが、火事 ──。なかでも江戸の町に甚大な被害を与えた「明暦の大火」（1657年）です。


江戸の復興に向けて職人や大工が全国から集結。その人々の食事を支えたのは、気軽に手早く食べられるそば、すしといった「ファストフード」だったのです。参勤交代で江戸に滞在している武士も基本的には単身赴任、大きな需要があったことは想像に難くありません。

「そして町の人々もとにかく火事が怖い。長屋なんてすぐ火事になってしまうから、火を使うところも決められている。だから料理をあまり作らないで買う文化というものも定着したんでしょう。しじみ売りが来たり、かぶりものをした唐辛子売りが来たり。家の前まで来てくれる振り売りは、コンビニよりも便利ですね（笑）。それが現代まで残ったのが、ラッパを鳴らしながら来る豆腐屋さんでしょうね」（野﨑さん）。

料理を通じて、江戸の暮らしと私たちの生活が近いものに感じられます。

野﨑洋光さん（のざき・ひろみつ）

1953年福島県生まれ。1980年「とく山」料理長、1989年「分とく山」総料理長に就任し、日本料理界に新しい風を吹き込む。2023年勇退。各メディアで和食の魅力をわかりやすく伝える一方、地方に根づく味や江戸の料理の研究にも力を入れる。『愛蔵版 野﨑洋光和のおかず決定版』（家庭画報社刊）など著書多数。

江戸の家庭では醬油は高嶺の花⁉

実は醬油は、米の7倍くらいの高値だったため、庶民には手が届かなかった調味料。日常的には甘めの江戸味噌や、刻んだ納豆を調味料に使っていたとも。

●けんちん汁

薪だけで作るとなると、料理の幅は自ずと限られる。鍋一つを薪の火にかけるだけでできる、ボリュームたっぷりの「けんちん汁」は、江戸の家庭で重宝されたメニューの一つ。

【材料（4人分）と作り方】
にんじん60グラム、大根120グラム、里芋80グラムは乱切りに、油揚げ1枚は短冊切り、ごぼう60グラムは粗めのささがきにする。ちぎったこんにゃく120グラム、角切りにした木綿豆腐200グラムを、熱湯に30秒ほど入れて湯通しをし、水気をきる。鍋にすべて入れ、水1Lを注ぎ、ことことと煮る。仕上げに江戸味噌80グラムを加える。

●天ぷら

菜種油や榧（かや）油などの搾油技術が格段に向上し、天ぷらは庶民の口にも入る屋台ファストフードとなりました。当時はあなごや小柱、海老など魚介類が主役。「薪や炭では火力が調整できないから今のように、ころもの薄い天ぷらは難しかったのでは？」と野﨑さん。

●うなぎ

江戸時代に「江戸前」といえば、うなぎを意味したのだとか。庶民が主に利用したのは、町を流す棒手振（ぼ てふ）り。注文を受けたら、その場で串刺しにして焼いてくれたといいます。「土用の丑の日」は平賀源内が提案したとされ、江戸時代中頃に定着したといわれています。

●いなりずし

魚をのせて供するにぎりずしとともに手早く食べられるいなりずしは、江戸が誇るファストフードの極めつき。前々回にご紹介した『守貞謾稿』の中には “油揚げ豆腐の一方を裂いて袋状にし” きくらげや干瓢を混ぜた飯を詰めた鮨を売り巡った、最も賤価な鮨、といった紹介も。

●そば

そば粉はお湯で溶くだけで食べられる、まさにコンビニエントな食材。当初はそばがきのように練ったものがメインだったのではないか、と考えられています。今のような麺の形状になったのは1800年代後半になってから。ねぎや小松菜、海苔などの江戸の名産とそばが相性よしなのも愛された理由かもしれません。