
内裏・紫宸殿(ししんでん)の前に植栽された「左近の桜」は有名ですが、平安時代初期は「左近の梅」でした。それが仁明(にんみょう)天皇の承和年間(9世紀前半)に桜に植え替えられたとされます。舶来の梅と異なり、日本自生の桜は国風文化の象徴にもなり、『万葉集』では梅の後塵を拝していた桜が『古今和歌集』では逆転し、平安時代中期から「花」といえば桜を意味するようになりました。
当時の桜は山桜が一般的で、花とともに赤い若葉も賞美されました。そのため桜の文様は花と葉が描かれたものも多く見られます。この記事の掲載号