“性悪”ではない、リチャード三世の秘めた思いや永遠の孤独を演じたい
性別を超えて、役と向き合ったリチャード三世像への思い
2021年から始まった、吉田 羊さん主演、森 新太郎さん演出によるPARCO劇場シリーズのシェイクスピア舞台。その第3弾『リチャード三世』が開幕します。2021年は全キャストが女性の『ジュリアス・シーザー』、2024年は『ハムレット』の原型とされる戯曲『ハムレットQ1』の上演と斬新な挑戦が話題です。
「いずれも“疾走感”が醍醐味だと思います。通常は4時間ほどかかる上演時間を2時間半に縮めているためで、『リチャード三世』も、森さんが大幅にカットした脚本で演じます。リチャードの残虐さを象徴する場面をあえて省き、ほかの人の台詞で語らせる。ある意味、観客の想像力を借りながら一緒に組み立てていく舞台になると思います」と吉田さん。
今回、とりわけ注目を集めているのは、吉田さんが“悪の権化”を演じること。
「この物語はリチャードの『己の宿命への壮大な復讐劇』だと思います。そもそも、私は彼を“性悪”ではないと思っているんですね。『どうせ俺なんて』という台詞にもあるように、彼は自らの人生を恨み、不遇さを憎んでいる。そこには、こんな自分でも愛されたかったという願いがあるのかもしれません。理不尽に相手を支配する興奮や快感は、容姿により不当に扱われてきた彼の自尊心を満たしたに違いありません。その瞬間こそが己の宿命への復讐の瞬間であり、その骨頂が王位奪取だったのだと思います」
そして、これまでの3作のキャラクターの中で最も孤独を極めているのがリチャードだと吉田さんはいいます。
「リチャードの持つ醜悪さや卑屈さ、嫉妬という感情は、世の中を斜に構えて俯瞰し、自らを孤独の闇へ落とすところがあります。そうなると、どんな言葉も届かないし、差し伸べられた手にも気づかない。そんなとき、私なら家族や友人が全力で引き戻してくれます。でも、彼にはそういう存在がなく、永遠に孤独だったことを思うとつらくてたまらなくなります。そういう彼の本音や言葉とは裏腹の思いをくみ取り、今までにはないリチャード像を伝えられたら嬉しいですね」