今月の著者 西 加奈子さん
谷川俊太郎さんとの“往復書簡”詩集を上梓
“谷川俊太郎”は巨人ではなかった
2024年、多くの愛読者に惜しまれながら逝去した詩人の谷川俊太郎さんと、作家の西 加奈子さんが交互に詩を贈り合う、保育雑誌『PriPri』(世界文化社刊)の連載「詩のこだま」。2年以上にわたる二人の詩の往復書簡を一冊にまとめた『すきが いっぱい』が刊行されました。詩はすべてひらがなで書かれ、それぞれの詩に西さんが描いた挿画が添えられています。
「私は仕事の依頼で悩むことがほぼないのですが、このお話に関してはさすがに悩みました。まず谷川俊太郎という、あまりに巨大な存在。そして小説ではなく詩を書くということ。
さらに往復で、ということは、谷川さんと対等に書くということになります。大丈夫だろうかと、詩に詳しい編集者の友人に相談しました。そのうえで、このような巨大な人と一緒に仕事ができる機会は一生に一度あるかないかのことだろうと思い、覚悟を決めました。
テーマが子どもも読める詩だったということも、お引き受けする大きな要因でした。ちょうど子育て中でしたので、“読者が目の前におるやん”、と心強く思いました」
巨大な存在だと感じていた谷川さんとの詩の往還は、どのようなものだったのでしょうか。
谷川さんの作品では『んぐまーま』(クレヨンハウス)が大好き。「赤ちゃんは“ん”で始まる言葉を結構持っているんですよね」
「最初は気負っていたと思います。でも、連載初回に谷川さんから届いた詩に“おかあさん”という言葉が出てきて、しかも“おかあさんとおならはちがう”、と書かれていました。
私も、“おかあさん”の世界的イメージがよすぎると感じていたので、おかあさんとおならが同列に並べられていたことが嬉しくて、“よし、おかあさんを解体して、ぶち壊してみよう”と。固定化したイメージを解体する、ということを始めたら、肩の力が抜けました。
谷川さんが巨人ではなくなり、5歳児とまではいいませんが、言葉でちゃんと遊ぼうとしている人と、とらえることができるようになりました。
となれば、こっちには子どもがいるというアドバンテージがあります。子どもと一緒に、まつぼっくりとか、うんちとか、何か面白いものを見つけていけばいい。それはとても楽しい作業でした。
谷川さんからはもっと思いがけないところから球が来ると予想していたのですが、おそらくすごい変化球や豪速球を投げられるにもかかわらず、とても打ち返しやすい球が届きました。それこそが谷川俊太郎の凄みだと思います」
詩だけを交わす贅沢で親密な関係
西さんと谷川さんとは、編集部を介して詩のやり取りのみを行ったそう。手紙も、感想を伝え合うこともありませんでした。
「むしろ、それがよかったと思っています。会うよりもいい時間を過ごさせてもらいました。本書の最後の詩“すきがいっぱい”は、谷川さんが最後にくださった“すき”という詩に呼応して、亡くなったあとに書き下ろしたものです。谷川さんのお別れの会には本当にものすごい数の人が集まっていて、全員が、谷川さんを“すき”。私が見たその景色を自分なりに表した詩です」
自分じゃない人になってこの詩を読んでみてほしい
装丁は、西さんが大きな信頼を寄せる鈴木成一さん。“すき”を、ハートではなく星で表現。
子どもの頃から絵を描くことが好きで、自著の装丁画も手がける西さん。本書でも挿画を担当しました。
「カナダに1か月間滞在していた際に、いつも行くカフェで描きました。“たこ焼き食べたいな〜、あ、タコ!”と、思いついたら2秒後には描き始めるという作業が楽しくて、夢中で描きましたね。
私たちは長らく“自分”をやり続けていますが、ときどきは“自分”じゃなくなってもよいのでは。この本を手に取るときは、小さな子どもでもおっさんでも何でもよいので、自分以外の何かになる時間になったら嬉しいなと思います」
西 加奈子(にし・かなこ)1977年イラン・テヘラン生まれ。エジプト・カイロと大阪府で育つ。2004年『あおい』で作家デビュー。2007年『通天閣』で織田作之助賞、2013年『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞、2015年『サラバ!』で第152回直木賞(正式名称:直木三十五賞)を受賞。東京都在住。
『すきが いっぱい』
谷川俊太郎、西 加奈子 著
世界文化社 1870円
言葉に初めて触れる子どもたちが声に出して楽しみ、大人たちの心に響くことをテーマとした詩の往復書簡。装丁は、西さんの多くの著書を担当する鈴木成一さん。鈴木さんのリクエストにより西さんが鉛筆で“森羅万象”を描いた挿画も、大きな見どころとなっている。・Amazon.co.jpでのご購入はこちら→