エンターテインメント

【特別ロングインタビュー】シティ・ポップの女王が歩む杏里という生き方

2026.01.07

  • facebook
  • line
  • twitter

〔新春特別ロングインタビュー〕シティ・ポップの女王が歩む杏里という生き方 「オリビアを聴きながら」で鮮烈なデビューを飾ったのは17歳のとき。キャッチーなメロディに心に響く歌声で、数々のヒット曲を誇る杏里さんですが、ここ数年、海外発のシティ・ポップ人気もあり、大いに注目を集めています。デビュー48年目を迎えた杏里さんの生き方から、その魅力を紐解きます。

父とのドライブで聴いた多様な音楽が私のルーツ

ジャケット32万6700円 シャツ13万4200円 パンツ15万7300円/すべてマックスマーラ(マックスマーラ ジャパン)

ジャケット32万6700円 シャツ13万4200円 パンツ15万7300円/すべてマックスマーラ(マックスマーラ ジャパン)

──杏里さんが毎年恒例で行われているホールツアーですが、2025年は『ANRI LIVE 2025 TIMELY!!』として、7月から11月まで全14公演を完走されました。いかがでしたか?

杏里さん(以下、杏里) 長年応援し続けてくださるファンの皆様のおかげで、どのステージも素晴らしい公演になりました。心から感謝の気持ちでいっぱいです。10月の東京公演では、今回のツアータイトルにもなっているアルバム『Timely!!』(1983年)をプロデュースした角松敏生さんも登場してくださって。22年ぶりにステージでの共演が実現しました。

『ANRI LIVE 2025 TIMELY!!』から。水を極力使わない環境に優しい製法で『Timely!!』の写真がプリントされた一着。衣装担当は姪の川島幸美さん。© 小林利史

『ANRI LIVE 2025 TIMELY!!』から。水を極力使わない環境に優しい製法で『Timely!!』の写真がプリントされた一着。衣装担当は姪の川島幸美さん。© 小林利史

──大盛況でしたね。ほぼノンストップで歌い、踊り続ける杏里さんが、一曲ごとにキラキラと輝きを増していかれたのが印象的でした。


杏里 不思議なのですが、舞台に立つと、普段とは少し違うパワフルな自分になれるんです。ステージの上は、私にとってパワースポット。いつも、祈りの気持ちを込めて歌っています。いろいろな経験を重ねて今があるわけですが、それはオーディエンスの方も同じですよね。歌に思いを寄せて、涙を流し続けながら聴き入ってくださる方も多くて。ステージから皆さんの表情を見ていると、「歌うことをやめられない」と思います。ステージで倒れてもいい、命懸けで歌いきる、踊りきる、という気持ちでやっています。


「ステージの上は私にとってパワースポット。不思議とパワフルな自分になれます」 撮影を担当したシンガポール出身のレスリー・キーさんとは、21年来の親交。杏里さんや松任谷由実さんの曲に惹かれ来日したという。 ドレス43万100円/プッチ(コロネット商会)

「ステージの上は私にとってパワースポット。不思議とパワフルな自分になれます」
撮影を担当したシンガポール出身のレスリー・キーさんとは、21年来の親交。杏里さんや松任谷由実さんの曲に惹かれ来日したという。
ドレス43万100円/プッチ(コロネット商会)

──杏里さんにとって、歌とはどのようなものですか?

杏里 物心ついたときから、歌うことが大好きだったんです。父がドライブ好きで、毎週末のように3人の兄と私を海や山に連れて行ってくれました。車の中ではずっと音楽が流れていたのですが、好みが皆それぞれだったので、クラシックからポール・モーリアオーケストラ、洋楽に歌謡曲まで、いろいろなジャンルの曲を聴いていました。家族でのドライブの時間が、私にとって音楽の原体験だと思います。

──ピアノとの出合いで、さらに音楽にのめり込んでいかれたそうですね。

杏里 そうなんです。父の親友のお嬢さんがピアノの先生だったのですが、毎週教えに来てくださるようになって。そこから、音楽がもっと好きになりました。中学生のときは休み時間になると音楽室にこもり、耳でコピーした邦楽や洋楽のメロディを弾いていたことを覚えています。私があまりに音楽好きだったので、音楽の先生が特別にピアノに触らせてくださったんです。

──音楽少女だったんですね。

杏里 はい。ただ、運動も大好きでした。バレーボール部に所属していてアタッカーをやっていたのですが、当時、練習場が外のグラウンドだったんですよ。それこそ炎天下でも雪でも日々、練習でした。スポ根ドラマの世界です(笑)。デビュー以来、ステージに立ち続けてこられた体力は、その頃に培われたのかもしれません。

渡米してレコーディング。本場での経験が音楽の源泉に

──17歳でのデビューのきっかけはどのようなものだったのでしょう。

杏里 音楽は大好きでしたが、当時は仕事としてやっていこうと自ら決めていたわけではありませんでした。テレビ局に勤める家族の知人から、「歌のオーディションを受けてみないか?」という話があって。ちょっとやってみてもいいかなくらいの気持ちだったのですが、どんどん話が進んで気がついたらアメリカ・ロサンゼルスでレコーディングすることになっていました。渡米したときはまだ16歳でした。

──アメリカで一流のミュージシャンに囲まれてのレコーディングは、どのような経験でしたか?

杏里 本当に衝撃でした。スタジオで体感したグルーヴは、レコードを遥かに凌駕していました。ファッションにも興味があったので、家の近くにあった厚木基地界隈の古着屋さんを覗いたり、兄がブラックミュージック系のディスコにこっそり連れて行ってくれた影響などで、もともとアメリカのカルチャーに対する憧れがあったんです。それがいきなり、聴いて育ってきた洋楽の本場でレコーディングですから。

──大切な出発点なんですね。

杏里 はい。すべてが学びでした。米軍基地が近くにあった環境、洋楽好きな兄たちの存在、お洒落への関心からの古着屋巡り、兄が連れて行ってくれたブラックミュージックのディスコ。そして、ロサンゼルスでのデビュー曲のレコーディング。今、私が体現しているサウンドに繫がる導きがあったようにしか、思えないですよね(笑)。

──デビュー曲「オリビアを聴きながら」は多くの方に愛されています。

杏里 大好きな尾崎亜美さんが作ってくださった、素晴らしいバラード曲でした。その少しあと、1970年代後半から1980年代初め頃の私は、日本の楽曲ではあるけれど、洋楽のグルーヴも感じられるような音楽を作りたいと思い始めていたのですが、日本の音楽業界ではまだ洋楽への評価が定まっていない時代だったので、なかなか話が進まず……。芸能人扱いされることに迷いもあり、活動することに疲れてしまった時期があったんです。それで、アメリカへ一人旅をしたのが19歳の頃。デビューアルバムのレコーディングをしたとき、ひと月ほど宿泊していた「サンセット マーキス ホテル」を再び訪れたんです。海外の有名ミュージシャンたちがロサンゼルスでレコーディングする際、こぞって泊まるホテルなんですね。私にとっては原点回帰の場所。そのときの感動や、初心が一気にフラッシュバックしました。

──杏里さんが、洋楽にこだわられたのはどうしてなのでしょう?

杏里 やはり幼い頃から聴いて育ち、ブラックミュージックにも傾倒していましたから。1980年代初めは日本がまだグローバル化していなかった時代。ロサンゼルスで衝撃を受けたからこそ、音楽やダンス、演出、ファッションといった海外のカルチャーを、私というフィルターを通して日本に伝えたいと切に思うようになっていきました。その思いを強くしていた頃、音楽の方向性が定まることに繫がる仲間たちとの運命的な出会いがあったんです。

──角松敏生さんとの出会いはラジオ番組だったそうですね?

杏里 そうなんです。私のラジオ番組にゲストとして出ていただいたときに、角松さんの音楽を聴いたら、私がまさに構想を練っていたサウンドの方向性に限りなく近くて。すぐに意気投合しました。ちょうど彼が事務所を替わろうと考えているタイミングだったこともあり、当時の私の事務所を紹介。仕事も一緒にしやすくなったので、6枚目のオリジナルアルバム『Timely!!』(1983年12月発売)のプロデュースをお任せしたんです。

──「CAT’S EYE」や「悲しみがとまらない」など名曲揃いです。

杏里 ありがとうございます。1978年にデビューしてから「CAT’S EYE」のヒットが出るまで、5年くらいかかっているんですね。試行錯誤した修業期間でしたが、自分のやりたい音楽が明確になっていった貴重な時間だったと思います。シングルも大ヒットし、アルバム初の1位を獲得できたことで、今まで以上に自分の方向性で主体的に作れるようになったことは大きな変化でした。角松さんとの出会いにも背中を押され、ダンスミュージックとフュージョンが混ざった、新しいサウンドを追求するようになったのです。

──当時バックバンドのメンバーが、今やレジェンド級の皆さんですね。

杏里 杏里バンドには、本当に演奏が上手で優秀な仲間たちが揃っていまして。ドラムが江口信夫さん、キーボード兼バンドマスターが小林武史さん、ギターがブッチャーさんこと故・浅野祥之さん、ベースが中村キタローさんですから! そのメンバーで学園祭を回っていたんですよ。今から思うと贅沢ですね(笑)。楽曲制作をしてアルバムを年に2枚出すこともあれば、ライブを年に120回やったり。寝る時間がないくらいの忙しさが、しばらく続きました。メンタルもフィジカルも相当鍛えられましたが、やりがいのある日々だったと思っています。

撮影/レスリー・キー スタイリング/斉藤伸子 ヘア/AZUMA〈M-rep by MONDO artist-group〉 メイク/山崎 桂〈M-rep by MONDO artist-group〉 取材・文/小松庸子

  • facebook
  • line
  • twitter

12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2026 / 01 / 08

他の星座を見る

Keyword

注目キーワード

Pick up

注目記事
12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2026 / 01 / 08

他の星座を見る