〔特集〕最新作『TOKYOタクシー』公開記念スペシャル対談 山田洋次監督&倍賞千恵子さん 人と人が出会い、心を通わせる幸せとは── 『男はつらいよ』シリーズなどで知られる名匠・山田洋次監督と、『TOKYOタクシー』が山田洋次作品71作目の出演となる俳優の倍賞千恵子さん。日本映画界きっての名コンビが、互いについて、最新作について、元気に生きる秘訣について、ときに笑いながら、ときに熱く、語ってくださいました。
60年以上、ケンカなし。名監督と名優の関係性とは

「監督の人間を見る目が好き。ピントのこない人まで全員、生きた人間として映しています」 ──倍賞さん
「倍賞さんみたいな素敵な女優さんがいたから僕も長続きできたんじゃないかな」 ──山田監督
──お互いがどんな存在か、お聞かせいただけますか。山田洋次監督(以下、山田) こんな素敵な女優さんがいたから、僕も長続きできたんじゃないかな。
倍賞千恵子さん(以下、倍賞) いやいや、そんなことはないです。
山田 そうですよ。
倍賞 私は山田さんの人間を見る目がすごく好きなんです。あるとき、渥美(清)さんとお芝居していたら、監督が「違う違う」というので、何かと思ったら、私たちを通り越して、後ろで自転車に乗っていたエキストラの人のところへ行かれて。山田さんが言葉をかけたら、次のテイクで、その人がとってもよくなったんです。映画を見れば、その人にピントはきていないのだけど、そういう一人一人まで演出して、生きた人間として映している。そこが、山田さんの画面とほかの画面の違いなのかなと思うんですね。
山田 だって、本当に変だったんだよ。それがガチガチに緊張しているためだとわかったから、「今あなたはどっからどこに何しに行こうとしてるのか、考えてごらんなさい」と声をかけたんです。犬と違って、人間は緊張するからね。
倍賞 そうしたら、自転車の漕ぎ方がまったく変わったんですよね。
互いの近況や共通の知人の話など、撮影の合い間もおしゃべりが尽きなかったお二人。「最近、名前が思い出せなくて……」といった話題で笑い合えるのも、長年築いてきた信頼関係があるからに違いない。
──監督から見て倍賞さんの魅力とは?山田 それは一晩かかっても話しきれないぐらい、この人は素晴らしい女優さんですよ。簡単にいうと、スターの常識を破った人なの。今から60年ぐらい前のことだけど、当時は、いつもきれいにお化粧してハイヒール履いて、何を食べてるか想像がつかないような、そういう人がスターだったんですよ。でも、この人はね、今朝お茶漬け食べてきたみたいな顔をして、サンダル履いて駆けだして、「お豆腐ちょうだい!」なんてことが平気でできる女優さんだった。それで、みんなびっくりしたんだよ。撮影所でも、「面白い女優さんが出てきたな。この人を主演にしたら、いろんな映画ができそうだ」って話題にしてた。つまり、リアルな芝居ができる人だったんだ。
倍賞 岡田茉莉子さんや有馬稲子さん、岸 惠子さんといった大女優の皆さんが大輪のきれいなお花で、私はその辺に咲いていて、踏まれても平気なちっちゃなすみれ、という感じでしたね。撮影所近くの食堂で、大きなおむすびを「2つ握ってください」ってお願いして、お昼に食べてましたからね。
山田 寅さんの映画を作るとき、渥美清とバッテリーを組む女優が絶対必要で、それはもう倍賞さんしかいないと最初から思ってました。渥美さんは天才だから、いろんな球がとんでくるんだけど、それをこの人は見事にちゃんと受け止める。誰でもできることじゃないよ。渥美さんも倍賞さんという相棒を得たことで、本当に生き生きと活躍できて、僕はそれを見ていればよかった。幸せでしたね。
原作のフランス映画は隣の人とハイタッチしたくなる映画
──最新作の原作『パリタクシー』は、どこに惹かれたのでしょうか。山田 今の邦画って、かなり重たくて深刻、簡単にいうと、暗い作品が多いのね。今の日本が暗いからなんだろうけど、僕は軽快な楽しい映画を観たいと思うし、実はみんなもそうじゃないかと思うんです。『パリタクシー』を観たとき、なんだか軽快でいいなと思って。かなり内容は重いんだけど、軽やかで楽しい気持ちで観られる。これは日本が舞台でもまねできると思ったのが始まりだね。
倍賞 私が演じたすみれにあたるマドレーヌは壮絶な経験をしているんだけど、見終わったときに、なんだかほっとして、ふふっと笑って幸せな気分になったんです。そばに誰かいたらハイタッチしたかった、そんな映画でしたね。
──『TOKYOタクシー』は人と人が心を通わせる幸せを描いていると感じましたが、監督の意図と合っていますか。
山田 小説も絵画も同じだろうけども、こういう主題を表現したいと思って作るわけじゃないんだよな。こんな姿を撮りたい、こんなやり取りを映したい。その結果できあがった作品について、観客があなたのいったような感想を抱くということかな。だから、あの映画におけるポイントも、最初からきっちり考えていたわけじゃなくて。でも、撮影しながら発見したことはあって、今回はそれが「夜の老人ホームは寂しい」でね。
倍賞 本当にそう。
「年をとったら、人と触れ合える、賑やかな場所に住むのが幸せ」 ──山田監督
山田 昼間は景色がよくてとてもいいんだけどね。夜になって一杯飲みに行こうと思ったって、山の上だから近くに店はないし、そもそも老人ホームだから、遅い時間に一人でふらっとなんて出ていけない。「今からは無理です」と止められる。僕なんか自分が老人だから、そんなことを自分のこととして想像してみるとね、辛いことだなと感じてしまって。その思いを映画に取り込めないかと考えて、ああいうシナリオを書いたんです。夜の老人ホームでの会話、あれが結果として、この映画のクライマックスであり、一番大事なシーンになりました。
倍賞 高級な施設で、ピアノが置いてあったり、バーがあったりして、きれいなんですよね。ただ、夜は真っ暗で、波の音が大きく聞こえて。
山田 年をとったら、少々騒々しくてもいいから、近くにそば屋や喫茶店や飲み屋なんかがあって、人と触れ合える、賑やかな場所に住んだほうが幸せなんじゃないか。そんなことを考えましたね。
お二人を驚かせた木村拓哉さんの真面目さ

倍賞さんと木村拓哉さんは、アニメ映画『ハウルの動く城』(2004年)で声の共演をして以来の顔合わせ。
──タクシー運転手、宇佐美浩二役の木村拓哉さんとの共演はいかがでしたか
倍賞 最初は私も木村さんも緊張していたんですけどね。彼はすごく才能があって、いろんな引き出しを持ってる人。やっていくうちに、そういうものがどんどん出てきて、とても楽しくお芝居ができました。すみれと浩二が心を開いて、心が触れ合って。よかったですよね。
山田 そうね。今回の木村くんの役は常に受け身の芝居で、倍賞さんが投げつけて、彼が受け止める。彼のキャリアからいっても、ちょっと珍しい役だったと思うね。あるとき、木村くんの出番が終わって、残るは倍賞さん一人のシーンというときに、彼がそばにいたから、「もう帰っていいですよ」といったら、「でも、これから撮ろうとしている芝居のとき、僕はここで運転してるわけですよね?」と聞くんだ。もちろんそうだよと答えたら、「だったらいます」といって。そのときはちょっと驚いたけど、木村くんはとっても真面目なところがあるよね。
倍賞 ええ、すごく真面目ですね。
山田 彼が、自分の出番が終わってもいてくれたことで、僕も、どれだけ助かったかわかんないよ。
「いい人も悪い人もひっくるめて、人と出会えることが嬉しい」 ──倍賞さん
──最後に、長く元気にご活躍ができている秘訣を教えていただけませんか。
倍賞 私は映画の仕事を通じて、いい人も悪い人もひっくるめて、人と出会えることが一番いいことだなと思いますね。役者としては、映画を作っている間、自分じゃない人生も歩めるのも楽しい。そうしたことが自分の心を豊かにしてくれるし、嬉しいんですね。それをつまらなく感じるようになったら、自分の人生が終わるときなのかなと思うけど。逆にいうと、そういう気持ちが自分にある限り、生きていけるのかなと思います。
山田 人生にどのような結末をつけるかっていうのは、とても難しい課題で、誰もが迷いながら死んでいくんじゃないのかな。簡単にはいえないよ。
倍賞 死ぬことは生きることだから。
山田 ひたすら困ってしまって、弱ったなぁと思いながら、この世におさらばするんじゃないかな。そう思うよ。
倍賞 おさらば、かっこいいですね(笑)。皆、監督みたいに仕事を続けていたら、元気でいられるんじゃないかしら。
山田 いや、いつまでも仕事をしたいという気持ちがあるのが問題じゃないかと思って。「いい年して」と笑われそうだ。
倍賞 それは違いますよ。94歳で「よーい、ハイ!」とかいってるんですよ、大きな声で。素晴らしいことです。
──名コンビの尽きないエネルギーから生まれた最新作は、ぜひ劇場で。
山田洋次(やまだ・ようじ)1931 年大阪府生まれ。1954 年松竹入社。1961 年に映画『二階の他人』で監督デビュー。1969 年に『男はつらいよ』シリーズ開始。1977 年の『幸福の黄色いハンカチ』で第1 回日本アカデミー賞最優秀作品賞など6つの賞を受賞。近作に『キネマの神様』『こんにちは、母さん』。今なお日本映画界を牽引。
倍賞千恵子(ばいしょう・ちえこ)1941 年東京都生まれ。1961 年映画デビュー。1963 年に山田洋次監督2 作目の映画『下町の太陽』に主演。映画『男はつらいよ』シリーズ全50作品で渥美 清演じる主人公車 寅次郎の妹さくら役を演じ、国民的人気を獲得。近年は定期的にコンサートを開催し、歌声を披露している。
映画『TOKYOタクシー』

©2025 映画「TOKYOタクシー」製作委員会
山田洋次監督91 本目となる本作は、フランスの大ヒット映画『パリタクシー』が原作。人生の終活に向かう高野すみれ(倍賞千恵子)と彼女を乗せたタクシー運転手、宇佐美浩二(木村拓哉)の出会いを通して、観る人の心に温かな光を灯すヒューマンドラマ。松竹創業130 周年記念作品。
2025年11月21日(金)全国公開
配給/松竹
監督/山田洋次
脚本/山田洋次 朝原雄三
原作/映画『パリタクシー』(監督/クリスチャン・カリオン)
出演/倍賞千恵子 木村拓哉 蒼井 優 迫田孝也 優香 中島瑠菜 神野三鈴 イ・ジュニョン マキタスポーツ 北山雅康 木村優来 小林稔侍 笹野高史ほか
URL:
https://movies.shochiku.co.jp/tokyotaxi-movie/