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- 歌舞伎、新たなる挑戦。若手ホープの中村壱太郎、市川團子が見出す希望〔対談〕


團子 『新・水滸伝』のお夜叉というお役はどんなふうに作られたんですか。
壱太郎 お夜叉は河合雪之丞さんが市川春猿を名乗っていらしたときに初演から演じてこられたお役なので、そのイメージを踏襲しつつも、今回の座組の雰囲気をみて“自分の思うお夜叉らしさ”を出せたらと、本をしっかり読もうというところから始めたんだよ。台詞まわしも春猿さんに当てて書かれているだろうと思ったから。
そこで演出の横内謙介さんや杉原邦生さんに「言葉尻とかを変えていいですか?」って相談して、自分で作っていったのと、僕なりにいろんな経験をして今があるから、これまで培ったものを引き出しから出して出来上がったという感じかな。
今お夜叉を演じることで、今の等身大の僕が見える世界というのがあるはずだから、33歳の僕が演じるお夜叉でいいと思ったんだよ。まだまだ欠けているものはたくさんあるだろうけれど、少し冒険ができるようになったかな。
團子 冒険した場面を教えてください。
壱太郎 名乗りをするところとか。
團子 たしかに、印象的ですね。
壱太郎 こんなことをしたら怒られるだろうなと思うことに挑戦できるようになったんだよね。でもいちばん怖いのは、演ってみたときに誰からも反応がないときだと思う。正解か、不正解かもわからない。それでもやり続ける精神力が身についたのかもしれないね。
團子 役作りは古典のほうが真似から始まるので入りやすいです。教えていただく事柄も確立されているからです。でも新作だと壱太郎さんがおっしゃるように演じる人の“仁(にん=役者が備える芸の持ち味)”に左右されると思うんです。
僕が演じた彭玘(ほうき)は初演時には(市川)青虎さんが演じられたお役で、映像を参考にさせていただいたときに、そこをひとつ重要な点として研究しました。でも新作に近いので自由に演じることはできるんですが、自分には引き出しが本当にないので一辺倒になってしまいます。
そんな中で少し嬉しかったのは、自分なりにイメージを作ってみて、それを自分で味付けして煮詰める作業をしてみたら“こういうことなのかな”と思えたことがあったんです。まだまだ浅はかで、手応えを得るにはしっかり時間をかけて考えないとダメだなとも思いましたし、より自然な演技に近づくためには、今以上に作り込みが必要なのだと気づきました。
壱太郎 ダメなことはないよ。すごく的を射ているし、僕も同じだよ。自分の中で作り込めるようになって、相手の芝居を受けて生まれるものもあるよね。あっちがこう来たなら、こうしてみようという余裕も持てるから。
團子 ところで、壱太郎さんの役者人生のターニングポイントっていつですか?
壱太郎 僕は何度も「吉野山」を勤めさせていただいたけれど、今回團子くんと演ることや團子くんが初役で勤めることに“何か”があるだろうと思う。今話してくれたように、役の気持ち、性根を意識するだけでそれが自ずと出てくるよ。この記事の掲載号
撮影/石田 航、本誌・坂本正行、岡積千可 協力/松竹 構成・文/山下シオン ヘア&メイク/AKANE、林摩規子