〔特集〕生誕140周年記念企画 ニューヨークの藤田嗣治─ 再生と挑戦の10か月 ─ 2025年から2026年にかけて、全国各地の美術館で画家・藤田嗣治の記念展が催されています。この7月注目は、世界で唯一、「藤田作品だけを展示する」軽井沢安東美術館での『ニューヨークの藤田嗣治』展。1949年3月13日から1950年1月27日。わずか10か月ほどのニューヨーク滞在は、藤田にとってはかけがえのない時間となりました。知られざる藤田のニューヨーク時代にフォーカスしたこの展覧会、必見です。
日本を脱出した藤田嗣治、再出発の地ニューヨーク
「ラ・フォンテーヌ頌」1949年 油彩・キャンバス ポーラ美術館
1949年のマシアス・コモール画廊、1950年のサロン・ドートンヌおよびポール・ペトリデス画廊での個展に出品された。藤田は動物の姿を借りて普遍的な人間像を描いた17世紀フランスの詩人ジャン・ド・ラ・フォンテーヌを賞賛しており、戦後、藤田が描き始めた擬人化された動物像はその寓話から着想を得たと思われる。
エコール・ド・パリの代表的画家として凱旋帰国した藤田嗣治は、第二次世界大戦中、軍部の要請により作戦記録画、いわゆる戦争画を描いています。戦時中は多くの画家、文人がこの不幸な時代を国に協力することでやり過ごしていたのです。ところが、戦後になると高名な藤田は、戦争責任を問う声にさらされるようになりました。
失意や煩わしさの中で、藤田は日本脱出を決意します。その藤田を助けたのがGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)民政官のフランク・E・シャーマンでした。シャーマンの支援を受けた藤田は、アメリカ経由でフランスへ行くことを決め、1949年3月10日、単身機上の人となりました。
1949年3月10日、羽田空港からニューヨークへ発つ藤田。
個人蔵(軽井沢安東美術館寄託)
13日にニューヨークへ到着した藤田を圧倒したのは、画材の豊かさ。当時の日記には、絵の具店で目にした材料に心を躍らせ「何んでも出来る気がする」「傑作の出来る見込みはついた」と記しています。藤田がニューヨークで新たな画風に挑戦した《ラ・フォンテーヌ頌》をはじめとする擬人化した動物像の大作、ガラス絵、タイル画などは、後に代表作となります。藤田は翌年1月27日にニューヨークを発ちます。わずか10か月のニューヨーク滞在は、藤田にとって大きな転機となったのです。
『人間の真似をした猫と子猫の12枚のアンサンブル』より 1949年 油彩・ガラス 軽井沢安東美術館
ガラス絵はタイル画と同じく、藤田が挑んだ新鮮な試み。ニューヨークのポップな空気を感じさせる色彩とデザインで、擬人化された猫が描かれている。
「アトリエの装飾タイル画」1949年頃 木版・紙軽井沢安東美術館
ニューヨークに到着した藤田が真新しい気持ちで挑んだのがタイル画だった。藤田は1950年に再びパリへ渡るが、タイルのような小品シリーズで自宅アトリエの壁を飾り、自作のタイルでキッチンを彩っている。その前身ともいえるのが本作品だ。
「美しいスペイン女」1949年 油彩・キャンバス 豊田市美術館
この作品もマシアス・コモール画廊で開かれた藤田の個展に出品された一作。
「猫の教室」1949年 油彩・キャンバス 軽井沢安東美術館
《ラ・フォンテーヌ頌》に並ぶ、擬人化された動物シリーズの一作。本作品もマシアス・コモール画廊とポール・ペトリデス画廊で開かれた個展に出品された。窮屈な日本を飛び出した藤田がニューヨークで開放感に満たされていたことを感じさせる作品。
世界で唯一無二のミュゼで開かれる生誕140周年展
軽井沢安東美術館(Musée Ando à Karuizawa)
2022年10月に、日本初にして世界初の「藤田作品だけを展示する」個人美術館として開館した軽井沢安東美術館。コレクター安東氏が自邸に作品を飾っていた雰囲気を再現した展示室には、藤田のエポックごとに作品が飾られている。2026年7月11日から藤田の生誕140周年を記念した『ニューヨークの藤田嗣治』展が開催される(2027年1月11日まで)。
軽井沢安東美術館長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東43-10
TEL:0267(42)1230
URL:
https://www.musee-ando.com/[2026年7月上旬発売]藤田嗣治再生と挑戦のニューヨーク
ISBN978-4-418-26233-5 定価:本体2,400円+税
わずか10か月のニューヨーク滞在は、失意のうちに祖国を離れた藤田嗣治を再生させ、新たな挑戦への意欲をかきたてる時間となりました。希望の光を心にともした藤田は、再びフランスの地に降り立ちます。人生の転機となったニューヨーク時代にスポットライトをあて、藤田を解き明かすユニークな一冊です。
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