世界一のコレクター・浦上 満の視点をたどる『北斎漫画』と私 『冨嶽三十六景』で知られる世界的な絵師、葛飾北斎。その代表作の一つが『北斎漫画』です。森羅万象を描いた15編の画集の魅力を、北斎漫画の蒐集では世界一として知られる古美術商・浦上 満さんに教えていただきました。
「発見」天才は響き合う―その影響力は海を越えて

(左)ガレ「鯉文花器」アール・ヌーヴォーのガラス工芸家、エミール・ガレが1878年のパリ万博に出品した作品。北斎の鯉を丸写ししているが肝心の観音様は省かれている。 北海道立近代美術館 蔵・(右)十三編十六丁裏十七丁表
躍動の美仏教の三十三観音の一つ、魚籃観世音(ぎょらんかんぜのん)。大漁祈願や商売繁盛の神様だ。北斎は縦構図で見開きいっぱいに泳ぐ鯉を描いた。観世音はそれと対称的に描かれている。19世紀後半、フランスを中心に起こったジャポニスム(日本趣味)に北斎は多大な影響を与えた。
(左)十一編九丁裏・(右)ドガ「起床 パンヤの娘」北斎の力士をそのまま模写したような娘の後ろ姿。エドガー・ドガは北斎から大きな影響を受けた一人。写真/アフロ
立ち姿は語る『北斎漫画』には力士の絵が少なくないが、相撲を取っている場面ばかりではなく、ユニークなシーンもある。この筋骨隆々とした力士の立ち姿は後ろ姿でありながら、力強さに満ちた凜とした存在感を放っている。
(左)マネ「肉屋での行列」エドゥアール・マネのエッチング作品(1871年)。傘のデザインこそ違うが、北斎の影響が明らかに見て取れる。兵庫県立美術館 蔵・(右)初編十四丁裏
傘の情緒傘の陰に隠れて人の表情は見えない。それだけに、そこはかとない情緒が感じられる。傘の配置や向きも非対称で、そこには海外の美術家たちに影響を与えた日本的な美の感覚がある。
「発見」同じ図柄、なのに変化する―コレクターは重版改訂にも注目

九編十三丁裏
消えゆく顔コレクターならではの醍醐味が、数を集めることで、初摺と後摺の違いが見えてくることだ。この絵では後摺になるに従い、版木がすり減って女性の顔が薄れていくのがわかる。初摺の価値が素人でもわかる好例。
十二編六丁裏七丁表
繕われた綻(ほころ)び「綻」と題された絵。初摺では女性の着物のお尻の部分が綻び、子どもがそれを見て笑っている。ところが後摺になるといつの間にか繕われていた。天保の改革で取り締まりの厳しい時代。セクシュアルな表現に対し、版元が忖度したのかもしれない。
『北斎漫画』は足掛け6年かけて十編で完結。ところが各編が爆発的によく売れて何度も摺られたため、版元は数年後に続刊の発行を決定。右は、寿老人が「大尾」(おしまい)と書かれた紙を持つ十編の最終ページ。左は十一編の扉となるページで、寿老人の上に唐子が乗り、新シリーズであることを謳っている。寿老人の横に描かれた「墨(すみ)」「巻物(ま)」「扇子(せん)」は、「すみません、まだ続きます」という、北斎から読者への遊び心あるメッセージ。

五編二十二丁裏
名前違い『源氏物語』「葵」の巻といえば、葵上と葵上に取り憑く生霊の六条御息所のストーリー。そうした古典の教養も含まれているのが『北斎漫画』の面白いところだが、初摺では六条御息所を誤って葵上と表記している。後摺ではそれが訂正されている。そんなところからも刊年の前後がわかる。
浦上蒼穹堂東京都中央区日本橋3-6-9 箔屋町ビル3階
TEL:03(3271)3931
(営)10時~18時
日曜・祝日定休
浦上 満さんが代表を務める東洋古美術の専門店。中国、朝鮮半島、日本の古陶磁を主に取り扱い、ほかに青銅器、漆器、浮世絵なども扱っている。個人コレクターを主眼に置きつつ、美術館にも多数の作品を納めている。また数多くの展覧会を企画・主催している。
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