世界一のコレクター・浦上 満の視点をたどる『北斎漫画』と私 『冨嶽三十六景』で知られる世界的な絵師、葛飾北斎。その代表作の一つが『北斎漫画』です。森羅万象を描いた15編の画集の魅力を、北斎漫画の蒐集では世界一として知られる古美術商・浦上 満さんに教えていただきました。
貴重な初摺(しょずり)と書袋(しょたい)のコレクションとともに北斎漫画は“絵の百科事典”

さすが北斎
動植物、風景、建築、歴史上の人物から故事、妖怪、幽霊まで、単なる絵手本を超えて森羅万象、北斎の宇宙が展開されているのが『北斎漫画』。世界を湧かせた北斎の天才・奇才ぶりがよくわかる。

情熱の全15編
『北斎漫画』は袋に入れて売られていた。現在の本と違い、摺られた年月日の記載が奥付けにないものがほとんどで、摺りの状態や巻末の広告などを見つつ摺られた時期の早い・遅いを判断する。だから自然と数も増える。袋も含めすべてが浦上さんの情熱が結晶した貴重なコレクションだ。
55年、1700冊を蒐(あつ)め続けて
浦上 満さんの驚き蒐集人生

江戸時代、北斎55歳の文化11(1814)年から北斎没後の明治11(1878)年まで全15編が刊行された。浦上さんが所有する『北斎漫画』は現在1700冊に及ぶ。稀少な初摺はもちろん、後摺でも状態のよりいいものを、と求めていくうちに数が増えた。「『初摺だから濃くはっきりしている』というわけではなく、むしろふわっと軟らかな感じだが線が厳しい。絵が生き生きして見えます」。(浦上さん)
「『趣味ですか?』と聞かれると趣味ではないし、いってみれば“情熱(パッション)”かな」
東京・日本橋で古美術商「浦上蒼穹(そうきゅう)堂」を営む浦上 満さんは自らの『北斎漫画』の蒐集についてそう語ります。専門は東洋古陶磁。北斎漫画は売り物ではなく、純粋に浦上さんのコレクションなのです。浮世絵と東洋古陶磁を蒐集していた父に連れられて行った日比谷の浮世絵商で、18歳の学生だった浦上さんは北斎漫画と出合います。「もちろん葛飾北斎について人並みの知識はあったし、『北斎漫画』というものがあることも知っていました。しかし、その時初めて手にした北斎漫画の初編は想像していたものと違いました」。江戸の庶民たちの暮らしを描いた、なんとも楽しそうで生き生きとした絵。その面白さに惹かれ、浦上さんは衝動買いします。
北斎漫画は全15編。江戸時代から明治時代まで、64年にわたって刊行されたベストセラーです。元々は北斎が200人いたという弟子たちに向けた絵手本(絵の教科書)でしたが、席画(宴会の場などで即席で描く絵)が流行っていた江戸の庶民たちにも受け入れられたのです。
28歳で浦上蒼穹堂を設立した浦上さんは、当時まだ安かった北斎漫画を欧米のオークションで見かけるたびに購入し、蒐集にのめり込んでいきます。
1989年、北斎に関する書籍の企画で浮世絵研究の重鎮であった鈴木重三氏と浦上さんが対談をした時のことです。当時37歳の浦上さんは北斎漫画を約600冊蒐集していて、既に世界一のコレクターとして知られる存在でした。浦上さんが刊行年に関する自説を述べると、鈴木氏に「その説を証明するには四編と八編の刊年の早い初摺(しょずり)が必要ですね」と指摘されます。600冊の中にはその編がなかったのです。ところがその数週間後、パリの美術商から届いた北斎漫画5冊の中に、なんとその2冊が含まれていました。「嬉しさと同時にちょっと怖さを感じました。北斎に“北斎漫画をちゃんと集めてそのよさを世の中に伝えるのなら協力する。ただ商売のためなら承知しないぞ”と言われている気がしたんです」。浦上さんの中で北斎漫画に対する使命感が生まれた瞬間でした。現在1700冊に及ぶコレクションの3~4割は海外から入手したもの。保存状態のよいものが多く、大切に扱われ、世界の人々を虜にしてきたことがわかります。
北斎漫画の魅力とは何か、浦上さんの情熱の世界へとお連れします。
浦上 満(うらがみ・みつる)
古美術商「浦上蒼穹堂」代表。1951年東京都生まれ。獨協大学外国語学部卒業。1987年以来、全国50以上の美術館で「浦上コレクション 北斎漫画展」を開催。また大規模な北斎展として、特別展『北斎づくし』(2021年)、『HOKUSAI─ぜんぶ、北斎のしわざでした。展』(2025年)なども企画開催。2016年第10回国際浮世絵学会賞を受賞。現在、国際浮世絵学会常任理事、東洋陶磁学会特別会員。
(次回へ続く。)
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