〔特集〕国宝「那智瀧図(なちのたきず)」の謎を追って 那智瀧(なちのたき)を描く 【11人の画家による誌上競作展】 この4月、現代の11人の画家が描く「那智瀧」の展覧会が開かれた。開催地はまさに那智瀧をご神体とする熊野那智大社。神社として初の美術展となるだけでなく、絵のジャンルを超えて画家たちが自発的に開催する展覧会であることも注目される。那智瀧を描いた絵といえば、鎌倉時代の超名品、国宝「那智瀧図」。何かと謎が多く圧倒的な存在感を放つこの作品と対峙しつつ那智瀧に挑む画家たちの思いに迫った。
国宝「那智瀧図」(なちのたきず)鎌倉時代 13~14世紀 作者不詳 絹本着色一幅 縦160.7センチ 横58.8センチ 根津美術館蔵
日本の神は仏の仮の姿であるという「本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)」に基づく垂迹画とされる。普通、垂迹画では神社や神々を描くのだが、この「那智瀧図」では熊野那智大社のご神体である「飛瀧(ひろう)権現=瀧」のみを茶色の顔料、墨、金泥などで描いている。表現法としては北宋時代末期の山水画と日本の大和絵の融合。フランスの作家、アンドレ・マルローは、1958年に根津美術館で見たこの絵に衝撃を受ける。絵に「空に向かってそそり立つ白い剣」を見出し、「この掛け軸は絵ではない。(中略)一つの記号である」と述べた(ミシェル・テマン著阪田由美子訳『アンドレ・マルローの日本』TBSブリタニカ刊)。そして晩年、実際の那智瀧を訪れた後には、那智瀧の精神は「下にいる人間と上にある空との対話だ」と語っている(同)。
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画家の感性で見て表現した瀧の姿
那智大瀧 誌上ギャラリー
六曲一双屛風、インスタレーションなど、表現方法はさまざま。シンプルゆえに難題ともいえるモティーフ「那智瀧」と対峙し、画家たちは何を感じたのか。各々の創造力と感性が描き出した傑作を作家のコメントとともに。
奥山 忠
古来より崇められた瀧の神性に迫る

奥山さんのアトリエにて「那智瀧図」(胡粉、顔料、和紙)。3点の構成は中央が本尊、左右が脇侍をイメージしたもの。左が蓮、右が榊と熊野那智大社の県天然記念物、秀衡(ひでひら)桜。
この世のものとは思えない光を放つ滝口からひと筋の水が流れ落ちる。水というより神々しい光の束のように見える。それ以外に何もない。両脇の蓮や榊の上に現れた〈光〉には、よく見ると、八咫烏や女官、巡礼者、観音菩薩などの姿がシルエットとして描かれている。
光をすくい取って定着させるような作風が持ち味の奥山さんならではの那智瀧だ。一見、何もないようでいて万物が満ちる世界を描く。能楽の極限まで削ぎ落とした美を指針とする表現法であるという。
円形の光の中に浮かぶ巡礼者。遠目にはわからないが、騙し絵のように観音菩薩や勢至菩薩などが白いシルエットとして描かれている。
奥山さんの経歴は少し変わっている。大学で電子工学を学んでエンジニアの道に進むはずだったが、仏教美術に魅せられ、絵を志し、仏教遺跡を訪ねてアジア各地へ画修業の旅に出る。祇園精舎、アジャンタ、敦煌などで奥山さんはひたすらスケッチを重ねる。帰国後、日本の聖地を巡りはじめ、那智へも足を運んだ。
アジアの仏教遺跡を訪ねた際のスケッチ帳。その場でロットリングのペンで描いたとは思えないほど丹念に描写された数々の絵の延長線上に、今回の那智瀧の作品がある。
「数多のアジアの聖地を巡りましたが、天が生んだ自然の造形に幾千もの祈りの心が重なった那智瀧の凄みはやはり比類がなく、古来より崇められてきた圧倒的な力を感じました」
自然の造形と祈りの交感から生まれる光が、画面全体から発せられている。
奥山 忠(おくやま・ただし)1966年東京都生まれ。工学院大学在学中に仏教美術に惹かれてインドやチベット、中国の宗教遺跡を旅して、独学で絵を学ぶ。93年以降個展を中心に作品を発表。柔らかな光に満ちた世界を描く。
谷津有紀
瀧を中心とする生命力溢れる自然を描く

「那智大瀧─碧─」(絹本彩色)藝大のアトリエにて撮影。
谷津さんのまぶたに鮮明に焼きついている那智瀧の光景がある。2024年に現地を訪ねたときの夜の瀧だ。
「街灯のない真っ暗な闇に包まれると、瀧だけが白く見える。その白さだけは暗さに負けない白さで、発光しているようにも見える。本当に天から瀧が注がれているようで、浮世離れした、この世のものではない雰囲気が漂っているんです」
夜の瀧を描くか迷ったというが、結局描くことにしたのは「瀧の恩恵を受けた植物たちがすごく瑞々しく、常にしっとりしている」、陽光に満ちた瀧だった。
画材の緑青で明るい緑に囲まれた瀧にプラチナ箔の飛沫をちりばめている。霊験あらたかな那智瀧とはまた異なる、躍動する生命を感じる瀧だ。併せて今回は、澄んだ空を飛翔する八咫烏、瀧の上の白い雲から連想した龍、瀧と繫がる海と戯れる猫といった複数の作品で構成。
「八咫烏─導き─」(紙本彩色)三本足の八咫烏は神武天皇を熊野から大和へと導いた伝説の鳥。焼いた群青でより強い黒にしている。作品自体は横長の構図。

「雲のかたち」(絹本彩色)龍は瀧の上に浮かぶ白い雲。龍や獣たちといった古典的なモティーフをその意味とともに現代に即した形で表現するのが谷津さんの手法。

「港のはなし」(絹本彩色)海辺で遊ぶ谷津作品ではおなじみの猫たち。展覧会では扇面にして額装される予定。
「自然の中で自分が感じたものを私なりの表現で表したい」と、瀧を核とする自然、時間の流れを描いた。動物を描くのもまた谷津さんらしい。
瀧は軸装し、八咫烏は天袋に設置するという。作品が一つの空間で繫がったときにどんな世界が生み出されるだろうか。
谷津有紀(やつ・ゆき)2020年東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻博士後期課程修了、23年より助教。26年より専門研究員。伝統的な画材を用いて古典的なモティーフや様式を自在に、時にポップに現代の絵画として描く。
『那智大瀧展』
●東京展会期:2026年5月16日〜29日
会場:靖山画廊(東京都中央区銀座5-14-16 銀座アビタシオン1階)
●鎌倉展会期:2026年5月24日〜6月7日
会場:Gallery 蘇処(神奈川県鎌倉市長谷1-11-43)
お問い合わせ:那智大瀧展実行委員会
電話:03(3546)7356
画家たちが集まって熊野那智大社に取材兼会場の下見に行った際の写真。男成洋三宮司を囲んで。
(次回へ続く。
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