〔特集〕影絵作家・藤城清治 101歳 “生きる喜び”を届け続けて 戦前から絵を描き、戦後、絵の具のないなか“光さえあればできる”と影絵を始めた藤城清治さん。101歳の今なお日々創作に勤しむ藤城さんの原動力は、“生きる喜び”を表現すること。厳しい現実にも真摯に向き合い、平和を願いながら、夢と希望を描き続ける藤城ワールドへ、ようこそ。
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櫻井 翔さん スペシャルインタビュー
「現実に向き合う強い信念が夢の世界の大切さを教えてくれます」── 櫻井 翔さん

ニュースキャスターとして、戦争をテーマとした取材を20年近く続けてきた櫻井さん。2025年11月、戦後80年の特別プロジェクトで藤城さんとともに「知覧特攻平和会館」を訪ね、アトリエで平和について語り合いました。その感想を伺います。
2006年から『news zero』のキャスターとして活躍する櫻井 翔さん。2025年、日本テレビNNN 戦後80年プロジェクト「いまを、戦前にさせない」のメッセンジャーを務めました。このプロジェクトの最後の取材相手となったのが、藤城清治さんです。鹿児島県の「知覧特攻平和会館」を一緒に訪れました。
《平和の世界へ》(2016年)
桜が散る中、虹をくぐり、太陽に向かって飛ぶゼロ戦を描いた作品。「知覧特攻平和会館」に展示されている。同館の戦没者名簿に、慶應義塾大学の同期で親友だった舟津一郎さんの名前があるのを発見し、藤城さんは涙が止まらなくなったという。
「玄関に展示された《平和の世界へ》を初めて間近に拝見して、その大きさと色彩に圧倒されました。先生とは初対面でしたが、私自身は先生のメルヘンの世界に慣れ親しんできましたので、その中心にゼロ戦が飛んでいるということの衝撃は大きかったですね。美しいものを見て胸が痛むというのは、言葉では表現しがたい、経験したことのない感覚でした。展示を見ている間、特攻で親友を亡くされたことの傷や痛みの大きさが、先生の言葉よりも、先生の“瞳”から感じられました。
また、戦争をテーマとした作品制作を始められたときに“ファンを失うかもしれないけれど、描きたい”と決意されたという経緯を伺い、厳しい現実に向き合おうとされる先生の強い信念を感じました。その決意に至る苦悩を知ることで、先生が描いてこられた夢や希望、色彩のきらめきや胸の高鳴りがどれほど大切なものなのかを、改めて実感しました。
私自身は、キャスターという仕事を始めてから、大叔父が戦没していたことや、祖父が新聞記者としてパプアニューギニアの遺骨収集活動をしていたことを知り、それが戦争取材をライフワークにしようと考えたきっかけの一つになりました。これからも私を媒介に、より広く戦争について知っていただけたらと思います。そして、大好きな先生の作品《風の中の白いピアノ》のように、誰もが笑顔になれる音楽や番組などを多くの方に届け続けられるように、頑張りたいですね」
《風の中の白いピアノ》(2001年)
ピアノと笛の音色が馬となって風に舞い、一輪車に乗ったこびとが踊る、櫻井さんお気に入りの作品。「見ていると音楽が聞こえてくるかのようで、まさに“夢と希望”が表現されていると思います」。
櫻井 翔(さくらい・しょう)歌手、俳優、キャスター。1982年東京都生まれ。1999年「嵐」のメンバーとしてデビュー。音楽・俳優活動に加えて、2006年より日本テレビ系列のニュース番組『news zero』のキャスターに就任。戦争をテーマにした取材をライフワークとする。
(次回に続く。
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