〔特集〕影絵作家・藤城清治 101歳 “生きる喜び”を届け続けて 戦前から絵を描き、戦後、絵の具のないなか“光さえあればできる”と影絵を始めた藤城清治さん。101歳の今なお日々創作に勤しむ藤城さんの原動力は、“生きる喜び”を表現すること。厳しい現実にも真摯に向き合い、平和を願いながら、夢と希望を描き続ける藤城ワールドへ、ようこそ。
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藤城清治さんヒストリー
1924年4月17日、東京府(大井庚塚町)に生まれる
奈良で撮影された家族写真。
1936年慶應義塾普通部(中学校)入学
1940年慶應義塾大学経済学部予科に進み、絵と人形劇に熱中
《慶應図書館》(1978年) 母校の慶應義塾大学は、「影絵の原点」と藤城さん。
1942年第1回個展を銀座菊屋ギャラリーにて開催。
戦時下ではあったが、銀座菊屋ギャラリーにて第1回油絵個展を開催。
《二人の子》(1943年) 19歳の頃に描いた絵の中で一番好きな作品だが、現在は写真しか残されていない。
1943年海軍予備学生として滋賀海軍航空隊入隊
1945年終戦により大学に復学
1947年慶應義塾大学を卒業。東京興行(現テアトル東京)宣伝部に入社し、映画パンフレットを制作。
「東京興行」(現「テアトル東京」)宣伝部に入社。「全線座」の三角屋根の塔に寝泊まりし、映画のパンフレット作りに没頭。
1950年最初の影絵絵本『ぶどう酒びんのふしぎな旅』を出版
1952年テレビの試験放送が開始され、NHKの専属に。人形と影絵の劇団「木馬座」を開始
着ぐるみ人形劇の人形たち。中央にいるのは藤城さん。
1954年影絵劇『泣いた赤鬼』を初演
藤城さん自身が朗読を担当した影絵劇『泣いた赤鬼』は上演回数1000回を超える代表作に。教科書にも掲載された。原作は浜田広介、音楽は山下毅雄。
1958年『中央公論』に『西遊記』(文・邱永漢)を連載
『西遊記』の孫悟空。軽妙洒脱な大人の影絵が人気を博した。
1966年テレビ番組『木馬座アワー』を自主提供。「ケロヨン」が爆発的人気に
「ケロヨン」(右)は自動車マニアの藤城さん自身がモデル。映画『ケロヨンの大自動車レース』が1968年に公開。