〔特集〕「広島で奏でる Music for Peace」 ピアニスト マルタ・アルゲリッチ という希望 音楽の歴史に名を刻む、世界最高峰のピアニスト。8歳でデビューし、84歳の今もなお、世界中の聴衆を魅了し続けているマルタ・アルゲリッチさん。とりわけ日本の人々と、深く親密な関係を育んできた彼女が、心を寄せる場所、広島での時間を追いました。
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母マルタ・アルゲリッチが、天から受けた恵みと苦悩
母・アルゲリッチさんの背中を見て育ったアニーさん。娘ならではの視点でその姿を語ってくださいました。
Annie Dutoit-Argerich(アニー・デュトワ=アルゲリッチ)
マルタ・アルゲリッチと指揮者のシャルル・デュトワの間に生まれる。スイスの音楽ジャーナリスト、教育者、アリゾナ州立大学教授。プリンストン大学で比較文学の学士号、ニューヨーク大学でジャーナリズムの修士号、コロンビア大学でフランス語とロマンス語文献学の博士号を取得。学問的な活動に加え、俳優や朗読者としても活躍している。
ピアニストである母は、常に大きなプレッシャーを抱えていて、ある種の “束縛” から逃れられない状態でいます。舞台で成功し、称賛を浴びれば浴びるほど、さらなる期待と要求が寄せられます。3歳のときから音楽の才能を見い出され、幼稚園や学校にも行けませんでした。今も、ずっと先のスケジュールまで決められています。
音楽は母を解放し、生きる力を与えてくれます。母は芸術家なので、心の赴くままに、“今生きているこの瞬間”を味わいたいと思うのですが、世の中は当然、計画や予定で動いていて、母の気持ちとは無関係です。「芸術家でいること」と、「舞台に立ち続けること」には、大きな隔たりがあり、母はそのことで苦しんでいます。そのうえ、母は自分に対してとても厳しい。“天からの贈り物”、つまり自分の能力を磨く努力を怠りません。
私は両親を見てきて思うのですが、人は98パーセントが努力、残りの2パーセントが才能です。「何かをするのであれば、よい仕事をしなさい」といわれてきました。『旧約聖書』のある一説で説かれているように、母は与えられた才能を常に高め、磨き続けている。ときには周囲からの期待に応えようと努力しすぎて、自分を守れないほど。
私たちは皆、種類や大小を問わず、なんらかの才能が与えられていて、それを一生使い続けていくべきだと思います。フランス人の思想家、ヴォルテールはこんな言葉を残しています。「私たちは、自分の庭を耕さなければならない」。
幼き次女アニーさんと三女のステファニーさんを連れての来日。「私たちはいわゆる“普通の家族”ではなかったし、母は多くを背負っていましたが、自分なりのやり方で私たちを育ててくれました」と話すアニーさん。写真提供/Y.KOSEKI 著書『マルタ・アルゲリッチと50年』より
母はピアニストとして活動するうえに、3人の娘を育て上げました。演奏家が子育てをするのはたやすいことではなく、あまり例がありません。しかも彼女のレベルになると難易度が高い。けれど、母は自分なりのやり方で成し遂げました。
だから私は思うのです。自分の“心地よい場所”から踏み出して、挑戦し続けなければならないと。幸せになるには、お金や贅沢が必要だと思われがちですが、そうではなくて、挑戦し続けて、自分の才能を磨き続けてこそ、私たちは、本当の幸せを得ることができるのだと思うのです。
今回の演奏会の翌日、広島平和記念公園で、母の手を引きながらゆっくりと散策する。
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