〔特集〕「広島で奏でる Music for Peace」 ピアニスト マルタ・アルゲリッチ という希望 音楽の歴史に名を刻む、世界最高峰のピアニスト。8歳でデビューし、84歳の今もなお、世界中の聴衆を魅了し続けているマルタ・アルゲリッチさん。とりわけ日本の人々と、深く親密な関係を育んできた彼女が、心を寄せる場所、広島での時間を追いました。
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最新の研究データから読み解く “天才” の進化
ときには力強くかつやさしく、またときには、軽やかで柔らかい音色を自由自在に奏で、聴く人の心を奥底から揺さぶる。今もなお、芸術性もテクニックも向上させているアルゲリッチさん。
「衰えをまったく見せることなく、それどころかますます進化している」と、観客も関係者も驚きを隠すことができません。なぜ、彼女は進化し続けることができるのでしょうか。
そんなアルゲリッチさんの “不思議” を、独自のセンサー技術で計測している「ソニーコンピュータサイエンス研究所」の古屋晋一さんを訪ねました。
2025年10月、京都公演の際、アルゲリッチさんの指と体の動きを計測し、そのデータを解説している古屋晋一さん(右)と塩木ももこさん(右上)。後ろと左は、反田恭平さんと小林愛実さん。アルゲリッチさんもその結果に驚きを隠せなかった。
ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)応用可能な基礎研究を通して、新たな研究領域や研究パラダイム、新技術、新事業を創出することにより、人類や地球の未来に貢献することを目的に1988年に創立。芸術家のための研究を行っている古屋晋一さんは、鍵盤の動きを高精度で計測できる独自の技術を開発。熟練の演奏家のデータを分析して、ピアノ演奏技能の習得支援に活用している。
昔、大好きだったピアノを過度な練習のために、指を傷めて断念しなければならなかった経験から、演奏家の怪我や予防法、さらには体の効率的な使い方を研究したいと考えました。そして現在、熟練の演奏家の体や手指の使い方のデータ化、解析をしています。
「人類にとって貴重な文化遺産を次世代の教育に活用する仕組みを作りたいのです。子どもたちの伸びしろは大きい。無駄な練習はスキップして、効率よく技術を習得し、芸術性を高めることに専念できれば」と語ります。
88鍵すべての鍵盤の下にセンサーを入れて、指がタッチする1秒間の動きを1000コマの精度で分析。
鍵盤の下に設置する非接触の光学式のセンサー。鍵盤の上下の動きを計測。
目では追えない熟練の動きを、虫眼鏡で見るようにスクリーン上で可視化します。
色のついた波は、時間とともに変化する鍵盤の動きを示す。手指に描かれた丸は、カメラ画像で推定した指の関節の位置を表す。非接触なので演奏の妨げにならない。
鍵盤を操作する指の動きと、音の関連性を科学的に分析し、さらには椅子にもセンサーを入れ、体の重心や肩、腕の動きも細かくデータ化します。
椅子の下に入れた独自開発のセンサーを用いて、背骨や鎖骨、腕などの骨の動きを推定する。
古屋さんの研究チームは、今回アルゲリッチさんが来日した際、この技術を使って、手指や肘、肩まわりの動きのデータを取得しました。その結果、他のどのピアニストとも異なる、驚きのデータが得られました。
「手のひらは決して厚くなく、むしろ昔より薄くなっているようです。加齢により筋力が減った分、音づくりの質を向上させていることが窺えました」と古屋さん。
偉大なピアニストが築いた、かけがえのない “文化遺産” が、若い芸術家に伝授されるのも、遠い夢ではないのかもしれません。
(次回に続く。
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