〔特集〕「広島で奏でる Music for Peace」 ピアニスト マルタ・アルゲリッチ という希望 音楽の歴史に名を刻む、世界最高峰のピアニスト。8歳でデビューし、84歳の今もなお、世界中の聴衆を魅了し続けているマルタ・アルゲリッチさん。とりわけ日本の人々と、深く親密な関係を育んできた彼女が、心を寄せる場所、広島での時間を追いました。
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100歳の被爆ピアノと語る
広島交響楽団との特別公演の前日、同じホールで、マルタ・アルゲリッチ、酒井 茜、角野隼斗という3人のピアニストによる「『明子さんのピアノ』支援コンサート」が開かれました。「明子さんのピアノ」は、アルゲリッチさんを広島に惹きつける、もう一つの音色です。
戦前、ピアノを習うことを楽しみに、両親に慈しまれながら成長し、戦時下の広島で懸命に生き、19歳で原爆に命を奪われた、河本明子という女性。彼女が愛奏していたアップライトピアノも被爆し傷つきましたが、家族によってそのまま大切に遺され、さまざまな縁から60年後に再発見されたのです。
明子さんのピアノ
ロサンゼルスで誕生した河本明子さんが愛用していた、1926年米ボールドウィン社製のアップライトピアノ。1933年、河本家は広島に移住し、爆心地から約2.5キロの市内の小高い丘に住んでいた。明子さんは19歳のとき、勤労奉仕に出かけた財務局の前で被爆し、翌日息を引き取った。ピアノも大きな損傷を受け、その後60年間弾き手を失っていたが、2005年、調律師の坂井原 浩さんの修復作業により、美しい音色を取り戻した。
生後7か月の明子さんとピアノ。ロサンゼルスの自宅にて(1926年12月)。
河本家の家族写真(1927年6月)。写真上2点提供/一般社団法人HOPE プロジェクト
「明子さんの辿った運命に思いを馳せると、ピアノはそれに答えるように反応します」── マルタ・アルゲリッチ
広島の調律師により手厚い修復がなされ、市民グループHOPEプロジェクトが維持・保管。象徴的存在として今も生き続けている「明子さんのピアノ」。

明子さんが生まれた年にアメリカで製造されたピアノ。今年100歳になる。
アルゲリッチさんは、このピアノがとても好きだといいます。
「10年前、ここに来たときに知りました。弾いてみると、とてもナチュラルな、いい音がして。明子さんはきっとショパンを好んで弾いていたのね。ピアノがよく覚えていたわ。素敵な体験でした。以来、彼女の運命について、よく考えます。このピアノを弾くときはもちろん、折に触れ、本当にたびたび、明子さんのことを思うのです」

ステージ上でアルゲリッチさんが奏でたのは、シューマンの「子供の情景」より。シンプルなメロディーの中に、とても温かく、はかなく繊細な世界が広がります。アルゲリッチさんの後ろ姿と幼い明子さんが重なり、ピアノと一緒に歌っている、そんな光景でした。
「明子さんのピアノは、マルタさんに出会い、その美しい音色で多くの人の心に触れることができた。悲劇の歴史があるけれど、未来の希望へと繫がっていると思うのです」── 酒井 茜
左から酒井 茜、マルタ・アルゲリッチ、角野隼斗。6手で演奏されたのは、ラフマニノフの小品「ロマンス」。「明子さんのピアノ」に心を寄せる3人が、ショパン、シュピルマン、藤倉 大、シューマン、ドビュッシーらの作品を独特の音色で奏で、聴衆に深い感銘を与えた。
共演した酒井 茜さんは、この支援コンサートを、アルゲリッチさんが提唱する「Music against Crime」に重ね合わせたかったといいます。
「広島・長崎への原爆投下とナチス・ドイツによるホロコーストという、最も恐ろしい犯罪に対する思いを、マルタさんからいつも聞いています。ですから私は、映画『戦場のピアニスト』のモデルにもなったシュピルマンの作品を弾いたのです。ユダヤ系ポーランド人の彼は、この『マズルカ』をゲットーの中で作曲したんです」
「そして彼は生き抜いた。ゲットーの中では、タンゴなどの作品もたくさん作曲されていたのよ」と、アルゲリッチさんが応じます。
「どんな状況下でも、人は音楽や踊り、詩やアートを求めるんですね」(酒井)
「生きる喜びのためにね。つい数日前、ガザで人質が解放されたでしょ。その中に知り合いのピアニストがいたのよ! 彼は今頃、家族と一緒にいるわ。これこそ希望ね」(アルゲリッチ)
コンサートでは、アニーさんが、平和のために闘った芸術家たちの言葉を朗読。最後の曲は、ロシア出身の作曲家ラフマニノフの「6手のための3つのピアノ作品」より。明子さんのピアノの前に3人のピアニストがぴたりと寄り添い、6本の手を交差させながら、美しいハーモニーを奏でました。
象牙の鍵盤も弦も、ほぼ当時のまま。じっと見つめるアルゲリッチさんと共演者。
アニー・デュトワ=アルゲリッチさんの朗読の抜粋

「これが我々音楽家たちからの、暴力に対する答えだ。かつてないほど熱烈に、かつてないほど美しく、かつてないほど献身的に音楽を奏でること。音楽は名づけがたいものに名前をつけ、知り得ないものを知らせることができる。音楽は、思考と感情の間にあるヒビや、個人と共同体の間にあるヒビを癒やすことができる。音楽は、言語や政治や人種の垣根を超えて語りかけることができる。どうしても言葉で言い表せないものを表現できるのは、音楽だけである。音楽は、私たちが破壊の代わりに創造を選ぶとき、私たちに何ができるかを思い起こさせてくれる。世界は狂気を癒やせる力があるとすれば、それは音楽の力だ。だからこそ私たちは、目の前に悲劇があっても、決して止まらず、演奏し続ける。なぜなら、一つ一つの音符が絶望を拒絶し、一つ一つのハーモニーが平和の片鱗をうかがわせるからである」
レナード・バーンスタイン(アメリカの指揮者、作曲家、ピアニスト、1918~90年)
「『明子さんのピアノ』支援コンサート」のプログラムより
(次回に続く。
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