〔特集〕「広島で奏でる Music for Peace」 ピアニスト マルタ・アルゲリッチ という希望 音楽の歴史に名を刻む、世界最高峰のピアニスト。8歳でデビューし、84歳の今もなお、世界中の聴衆を魅了し続けているマルタ・アルゲリッチさん。とりわけ日本の人々と、深く親密な関係を育んできた彼女が、心を寄せる場所、広島での時間を追いました。
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広島交響楽団と重なる平和への想い
2025年10月、日本を愛するピアニスト、マルタ・アルゲリッチさんが広島を訪れました。近年交流を深めるオーケストラ、広島交響楽団(広響)と「被爆80周年特別公演」を行うために。
2025年10月16日、広島文化学園HBGホールにて。
アルゲリッチさんと広響の出会いは10年前。広島市で毎夏行われる「平和の夕べ」コンサートでの共演でした。“Music for Peace~音楽で平和を” を活動テーマに掲げる広響が、その願いを世界的アーティストとともに発信したいと、彼女にラブコールを送ったのです。果たして、世界中で待ち望まれている現代最高峰のピアニストが、広島に目を向けてくれるのか?祈るような気持ちで、望みを託したそうです。
想いは届きました。アルゲリッチさんもまた、HIROSHIMAには特別な想いを抱いていたのです。常から「Music against Crime(音楽で犯罪を消滅させる)」を自らの使命としてきた彼女は、すべてのスケジュールに優先して広響とのステージへ。緊張の対面、初めての音合わせの後、満面の笑みでこういったそうです。「このオーケストラは、やさしさと活気に満ち溢れて素晴らしいわ」。
「音楽は人を愛する心を育み、人を傷つける気持ちを萎えさせます」── マルタ・アルゲリッチ
音楽の力を強く信じる両者が、響き合いました。広響は「平和音楽大使」の称号を彼女に贈り、彼女は翌年、自らが総監督を務める「別府アルゲリッチ音楽祭」に広響を招きます。さらに海外の音楽祭でも共演するなど、その後も、互いに想いを深めてきたのです。
アルゲリッチさんが今回の特別公演に選んだ作品は、ベートーヴェン「ピアノ協奏曲第1番」。広響と最初に奏でた曲であり、彼女が8歳のときにステージデビューを飾った曲でもあります。今まで幾度となく弾いてきたレパートリーですが、リハーサルでは指揮者と何度も話し合い、開場ギリギリまで一人ピアノに向かい、丹念に作品と向き合う姿がありました。
待ちわびる満席の聴衆の前にアルゲリッチさんが現れ、一気に場が華やぎます。特別プログラムとして、長女で俳優でもあるアニー・デュトワ=アルゲリッチさんが同じ舞台に立ち、朗読を行う貴重な一幕も。朗読と演奏という異なる方法で、二人は共通する想いを表します。
一転、気が集中し、指揮棒が振り下ろされると、管弦楽の響きに誘われるように、彼女の指が動き始めます。素早くしなやかに、軽やかに。まるで小さな生き物のように躍動し、広響の若々しく生き生きとしたハーモニーを導いていきます。力強く、密度濃く、限りなくやさしく。大ホールの中にさまざまな感情が放たれて、息づかいが一つに合わさっていくようです。煌めくこの流れに、いつまでも浸っていたい……。
「ベートーヴェンそのものが、平和」とアルゲリッチさんはいう。
最後の音の余韻が消えると、夢から覚めたように皆立ち上がり、拍手喝采。客席も舞台も喜びに溢れ、誰もが晴れやかな笑顔でした。
広島交響楽団の音楽監督は、アルゲリッチさんが共演を重ねてきた最も信頼する指揮者、クリスティアン・アルミンク氏(写真右)。彼の指揮によって、至高のピアノとオーケストラ、そして客席の人々が一体化。音楽に包まれ、感動をともにし、誰もが「平和」を意識した。
翌日、平和記念公園を、ゆっくりと散歩するアルゲリッチ母娘の姿が。
「広島はとても好きな場所。町も、人も。いつも、特別な何かを感じるの」
(次回に続く。
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