〔特集〕「広島で奏でる Music for Peace」 ピアニスト マルタ・アルゲリッチ という希望 音楽の歴史に名を刻む、世界最高峰のピアニスト。8歳でデビューし、84歳の今もなお、世界中の聴衆を魅了し続けているマルタ・アルゲリッチさん。とりわけ日本の人々と、深く親密な関係を育んできた彼女が、心を寄せる場所、広島での時間を追いました。
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コンサートの翌日、平和記念公園、広島原爆ドーム近辺を散歩するアルゲリッチさん。「お天気もよく、公園も美しくて、広島でとてもよい時間を過ごすことができたわ」と穏やかに語る。どこか神々しい佇まい。
Martha Argerich(マルタ・アルゲリッチ)アルゼンチンのブエノスアイレス出身。1957年のブゾーニおよびジュネーヴの国際コンクール、1965年のワルシャワのショパン国際コンクールで優勝。ヨーロッパ、日本、アメリカにて世界一流のオーケストラや指揮者、音楽祭などから頻繁に招かれているほか、室内楽にも熱心に取り組んでいる。
1996年、フランス政府より芸術文化勲章オフィシェを受章。翌年、世界最古の音楽機関である、サンタ・チェチーリア国立アカデミア協会員に任命される。日本では「高松宮殿下記念世界文化賞」受賞、「旭日小綬章」(ともに2005年)、「旭日中綬章」(2016年)を受章。アメリカでは「ケネディ・センター名誉賞」(2016年)受賞、イタリア政府より「コメンダトーレ勲章」(2018年)を受章している。2015年広島交響楽団の「平和音楽大使」に就任。
1998年より「別府アルゲリッチ音楽祭」総監督を務める。1999年、「マルタ・アルゲリッチ国際ピアノコンクール」をブエノスアイレスで創設。2001年、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ国際賞が贈られた。2002年6月、スイスのルガーノで「マルタ・アルゲリッチ プロジェクト」を開催。2018年よりハンブルクで新しく「マルタ・アルゲリッチ・フェスティバル」を始めた。
響き渡る、光り輝く音色
強靭でしなやか、自由自在なタッチで、彼女にしか表せない音色を紡ぐ。ミステリアスな風貌、さまざまなエピソードも含め、初来日以来、「鍵盤の女王」として日本の人々を虜に。
一音一音がくっきりと質量や熱量を持ってほとばしり、空間いっぱいに広がって、大きなエネルギーに包まれる。ときに語りかけられるように、音楽が染み込んできて、えもいわれぬ感情が湧き起こる。そんなマルタ・アルゲリッチさんのピアニズムに、多くの人が心を奪われてきました。彼女の演奏を聴くことは、その彩り豊かな時間をともに生きる体験なのです。
1970年の初の来日コンサートのチラシとプログラムの表紙。資料提供/ Y.KOSEKI 著書『マルタ・アルゲリッチと50年』より
チャイコフスキー「ピアノ協奏曲第1番」の名演奏で一世を風靡したレコード。初来日の際に記者会見をしたときのもので、日本盤限定の貴重なレコードのジャケット。資料提供/ Y.KOSEKI 著書『マルタ・アルゲリッチと50年』より
初来日から56年、進化し続ける84歳
「こんなに年をとってしまったけれど、指は変わらずちゃんと動くのよ」とご自身は淡々と語るが、限界を見ず、進化し続けるピアニストに、世界中が驚嘆し、賞賛の声はやまない。
(次回に続く。
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