〔特集〕2025〜2026年、3大展覧会開催 “ゴッホイヤー”を楽しむ─Vincent van Gogh─ ゴッホがこの世を去った1890年の135年後にあたる2025年から26年にかけて3つの大規模な展覧会が日本各地で開催されます。27歳で画家を志し、37歳で没するまでに約2000点の作品を描き、ひと目見て誰もが“ゴッホの絵だ”とわかる独自の画風に到達した人の家族、画業、生涯を、各展覧会の担当学芸員の方々のお話から紐解きます。
前回の記事はこちら>>*掲載作品がどの展覧会で展示されるか、あるいは展示されないかは、作品名に続く数字でご確認いただけます。①=「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」 ②=「大ゴッホ展 夜のカフェテラス」 ③=「ゴッホ・インパクト─生成する情熱」 ④日本での展示なし
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浮世絵の模写、南仏への移住

三代歌川豊国(歌川国貞)《花源氏夜の俤》① 1861(文久元年)大判錦絵三枚続
ゴッホとテオが収集した500点以上の浮世絵の大部分がファン・ゴッホ美術館に所蔵されている。
1867年のパリ万博で広がった浮世絵ブーム。ゴッホがパリに移り住んだ1886年頃には町で画商が取り扱うまでに発展していました。ゴッホはすぐさま魅了され、テオとともに、約500点ものコレクションを築きました。
日本への憧れ

(右)《雨中の橋(広重作品模写)》④1887年 油彩、カンヴァス/(左)《花咲く梅の果樹園(広重作品模写)》④ 1887年 油彩、カンヴァス 2015年本誌撮影。
特に気に入っていた歌川広重の浮世絵を模写した作品。左の《名所江戸百景・亀戸梅屋舗》の模写は、鉛筆で線を引いた方眼紙に写した習作も遺されている。2015年に本誌撮影 1887年には、友人らとともにパリのカフェ「ル・タンブラン」で「日本版画展」を開催。テオへの手紙に“日本の画家たちは、空気の透明さ、光の明るさを感じさせる方法を知っている”と書きました。
1888年に移住したアルルについても、“南仏の風景は日本の版画のように、くっきりとした輪郭と明るい色彩に満ちている”と書き、“私はここで日本のように暮らし、絵を描きたい。できることなら、日本人のように生きたい”とまで、思い込みともいえる心情を吐露しています。
《種まく人》① 1888年11月油彩、カンヴァス
バルビゾン派ミレーの《種をまく人》に倣った作品。浮世絵の影響も感じられる。
これほどまでに日本に憧れていたゴッホの芸術を、私たち日本人は好きにならずにはいられません。
「ゴッホは、日本の美術の、特に小さな自然や何げない日常に美を見出すことを称賛し、自らの絵画にも生かしました。そうした点が、日本人の心をとらえるのかもしれません」(大橋さん)
※写真はいずれもファン・ゴッホ美術館、アムステルダム(フィンセント・ファン・ゴッホ財団)
Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
お話を伺った方々大橋菜都子さん/東京都美術館 学芸員専門はフランス近代美術。「ゴッホとゴーギャン展」等を担当。主な著書に『ルノワール作品集』がある。
塚原 晃さん/神戸市立博物館 学芸員専門は南蛮美術など、西洋の影響を受けた日本美術全般。「メゾチントと洋風画」(『國華』1498)など論考多数。
工藤弘二さん/ポーラ美術館 学芸員専門はフランス近代美術史。おもに印象派の画家たちをテーマとした展覧会を担当している。
(次回へ続く。
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