• TOP
  • 教養
  • アート
  • 永遠は水玉のなかに──芥川賞作家・九段理江さんが草間ファンの聖地「草間彌生美術館」を訪ねる

アート

永遠は水玉のなかに──芥川賞作家・九段理江さんが草間ファンの聖地「草間彌生美術館」を訪ねる

2025.02.25

  • facebook
  • line
  • twitter

〔特集〕世界を虜にした「前衛芸術家」 草間彌生と花 世界各地で大規模な展覧会が開かれ、その動向が常に世界から注目されている前衛芸術家の草間彌生さん。草間さんといえば、ポップな水玉が代名詞。今号の表紙を飾る草間さんの立体作品もまた水玉に彩られています。と同時に、モチーフとしての花も、草間作品に欠かせない存在です。創造の原点は故郷・松本市の花畑にあります。平坦ではなかったここまでの道程。病と歩み、ひたむきすぎる努力の果てに到達した孤高の存在、草間彌生の花と人生に迫ります。前回の記事はこちら>>

・特集「草間彌生と花」の記事一覧はこちらから>>

永遠は水玉のなかに
草間ファンの聖地「草間彌生美術館」を訪ねて

《再生の瞬間》(2024)どこかの星のまだ見ぬ森に迷い込んだような立体作品と九段さん。©YAYOI KUSAMA

《再生の瞬間》(2024)どこかの星のまだ見ぬ森に迷い込んだような立体作品と九段さん。©YAYOI KUSAMA

「作品を見ると、一緒に草間さんの姿が浮かぶ、私にとっては希有なアーティスト」と芥川賞作家の九段理江さん。草間彌生美術館で作品と対話する時を過ごしました。


九段理江(くだん・りえ)
2024年『東京都同情塔』(新潮社)で第170回芥川龍之介賞を受賞。音楽とアートを愛する。他の作品に『Schoolgirl』(芸術選奨新人賞)『しをかくうま』(野間文芸新人賞、ともに文藝春秋)。10か国以上の言語で翻訳が決まるなど、今最も注目される若手作家の一人。

 文・九段理江(作家)

草間彌生の作品を目にすると必ず、二十歳の頃に付き合っていた恋人と、美術館に行った日のことを思い出す。

その日、私たちは特に何をするかは決めずに、ただ会う約束をしていたのだけれど、当日になって「草間彌生展に行かない?」と唐突にメールが入り、行くことになったのだ。私は近くの書店で草間彌生に関する本を手に取り、しっかり予習してから駅で彼と落ち合った。草間彌生展を鑑賞したあと、美術館の中のカフェの小さなテーブルでチャイを飲み、長いことお喋りをして、夜は青山のレストランで、さらに尽きることのないお喋りをした。そして帰りの混雑した電車の中で、「本当に楽しかった。今日みたいな一日を永遠に繰り返しましょうね」と私が言い、「そうしよう」と彼は頷いてくれた。駅のホームで別れて、家のベッドでひとり眠りに落ちる瞬間まで、私の幸福には一ミリの影も落ちていなかった。

十年以上も前の、どこにでも転がっていそうなありふれた一日を、ここまで詳細に、鮮明に覚えているのは、草間彌生の作品のインパクトが記憶を強化しているからに違いない。

《マンハッタン自殺未遂常習犯の歌》(2010)草間彌生が歌う映像が果てしなく続く。©YAYOI KUSAMA

《マンハッタン自殺未遂常習犯の歌》(2010)草間彌生が歌う映像が果てしなく続く。©YAYOI KUSAMA

絵画シリーズ「わが永遠の魂」などの作品を中心とした壁面の展示。©YAYOI KUSAMA

絵画シリーズ「わが永遠の魂」などの作品を中心とした壁面の展示。©YAYOI KUSAMA

私たちが見たのは、2011年にワタリウム美術館で開催された、草間彌生の60年代の作品にフォーカスした企画展だった。いくつかのセンセーショナルな映像作品が同時に流れ、音と映像と水玉に満ちた展示室でとりわけ印象的だったのは、四角い箱型のインスタレーションであった。

赤地に白い水玉模様が描かれたファルス(男根)のソフトスカルプチュアでぎっしりと覆われた箱に、小窓が取り付けられている。中を覗くと、鏡張りにされた空間にさらに無限のファルスが広がっている、めまいがするような仕掛けの作品だ。

まだ永遠についても、愛についても何も知らずに、ただ同い年の気の合う男の子と語り合うのに夢中だった私の脳内にも、その《Endless Love Room 終わりなき愛》とタイトルのついた永遠のファルスのイメージは、他愛もない一日とともに強烈に刻まれることになった。

屋上に展示されている《大いなる巨大な南瓜》(2024)一日の中での光の移り変わりによって作品も表情を変える。来館者に人気の撮影スポット。©YAYOI KUSAMA

屋上に展示されている《大いなる巨大な南瓜》(2024)一日の中での光の移り変わりによって作品も表情を変える。来館者に人気の撮影スポット。©YAYOI KUSAMA

「永遠」といえば、最近知り合いのAI研究者と話しているときに、不老不死が話題になった。医療分野の進歩においてもAIの活用は大きく期待されており、「一年で一年以上の寿命を伸ばせれば永遠に生きられる」という、SF映画さながらの未来を予測する研究者もいるという。AI技術の急速な発展をリアルタイムで目の当たりにしていると、「永遠の命」も決して現実離れした発想ではないように思えてくる。

もしも本当に不老不死が実現し、人間が永遠を手に入れたら? きっと「永遠」という言葉が想起させる、神秘的でロマンティックなイメージは完全に変容するはずである。

永遠が簡単に手に入るならば、「今日みたいな一日を永遠に繰り返しましょうね」なんて野暮ったいセリフを、誰が必要とするだろう? そんなことをわざわざ口に出して言わなくてはならないのは、永遠が絶対に手の届かないものだと信じていた頃の、古い時代の人間だけだ。

二度と繰り返されないとわかっている一日を、せめて記憶の中では永遠にループさせたいと望む、有限の世界に生きる人間だけだ。

《毎日愛について祈っている》(2023)中央に草間彌生の力強いメッセージ。©YAYOI KUSAMA

《毎日愛について祈っている》(2023)中央に草間彌生の力強いメッセージ。©YAYOI KUSAMA

2025年、草間彌生美術館を訪れ、「私は死を乗り越えて生きてゆきたい」展を鑑賞した。新作の巨大な水玉のソフトスカルプチュアに囲まれながら、やはり私の脳裏にはあの日の記憶が自動的に再生されていた。

私とかつての恋人は、永遠を約束する多くの恋人たちと同じように、もちろんべつの人生を生きて、べつの愛に出会い、べつの場所で、反復されることのない日々を、それぞれに過ごしている。おそらく彼の方では、自分の発した言葉に自分でうっとりするような、昔の変な女を思い出すこともないのだろう。

この世界で私だけが持ち続けているかもしれない、心許ない永遠の記憶を抱えて、激しい色彩の無数の水玉を見つめているうち、あることに気がついた。どんなに果てしなく続くように見える永遠も、いつもたったひとつの水玉から始まっているのだ、と。

未来の私をこの美術館に連れてきた、「草間彌生展に行かない?」という一通のメールも、永遠に記憶の中で増殖し続ける水玉のひとつに見えてくる。今日また確実にひとつ増えた水玉も、いつか辿り着く永遠の一部になるのだと知ったとき、老いや死への恐れも自然と消え失せていた。

前衛芸術家 草間 彌生
1929年長野県松本市の種苗問屋の末娘として生まれる。10歳頃から絵を描き始め、幻視を体験。京都市立美術工芸学校に進学、卒業後松本に戻る。1957年に渡米。ニューヨークでネット・ペインティング、ソフト・スカルプチュア、鏡や電飾を使ったインスタレーションやハプニングなどで活躍し帰国。1987年北九州市立美術館、1989年ニューヨークの国際芸術センターでの回顧展を機に世界的に再評価の動きが起こり、MoMA、テート・モダン、ポンピドゥ―・センター、M+をはじめとした世界各地の美術館で大規模な展覧会を開催、作品も所蔵されている。


草間彌生美術館 『私は死を乗り越えて生きてゆきたい』展
草間彌生美術館(東京都新宿区弁天町)では現在、戦争や複雑な家庭環境、病の恐怖を創作で乗り越えてきた草間彌生の死生観をテーマにした展覧会を開催中。2025年3月9日まで。

住所:東京都新宿区弁天町107
開館時間:11時~17時30分
休館日:月曜・火曜・水曜、展示替え及び館内メンテナンス期間、年末年始(ウェブサイトのカレンダーで要確認)
観覧料:一般1100円
URL:https://yayoikusamamuseum.jp
※入場は日時指定の完全予約・定員制(各回90分)。チケットはオンライン予約のみで窓口での販売はしていない。チケット購入など詳しくは美術館のウェブサイトで。


(次回へ続く。この特集の記事一覧はこちらから>>

この記事の掲載号

『家庭画報』2025年03月号

家庭画報 2025年03月号

取材・構成・文/三宅 暁(編輯舎) 協力/一般財団法人草間彌生記念芸術財団

  • facebook
  • line
  • twitter

12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2026 / 02 / 02

他の星座を見る

Keyword

注目キーワード

家庭画報ショッピングサロンのおすすめ
※外部サイト(家庭画報ショッピングサロン)に遷移します。 ※商品の購入には家庭画報ショッピングサロンの会員登録が必要です。

Pick up

注目記事
家庭画報ショッピングサロンのおすすめ
※外部サイト(家庭画報ショッピングサロン)に遷移します。 ※商品の購入には家庭画報ショッピングサロンの会員登録が必要です。
12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2026 / 02 / 02

他の星座を見る