
1936(昭和11)年の創業以来、3代にわたって真珠を見つめてきた「清美堂真珠」が90周年を迎えた今、あらためて真珠の美しさを探求する連載。第3回は、唯一無二の“スーパーピーコック”誕生に至るまでの3代目社長の思いをご紹介します。
・第1回 『古事記』から紐解く 古代より貴ばれた「しらたま」の話→
・第2回 初代から守り抜かれた 真珠への思い→
「清美堂真珠」の約束
祖父、父と2代にわたって守り続けてきた真珠の素晴らしさを尊ぶ思いを、3代目の磯和晃至社長は、清美堂真珠の“約束”として明文化しました。
・清美堂真珠では黒蝶真珠・白蝶真珠はすべて天然色で一切の調色・染色処理を施しません
・清美堂真珠では真珠一粒一粒が持つ価値を尊重し価格を売るような行為はいたしません
・最後に真珠を手にとる方にも 真珠の物語の続きを語り継いでいただけることを願って
「創業者の祖父・磯和圀宏と2代目社長の父・磯和彦志の姿を見て育った私にとって、真珠は身近な存在でした」と語る「清美堂真珠」の磯和晃至社長。
「幼い頃は会社と住居が隣接していましたので、買い付けたアコヤ真珠を選別し、ネックレスに仕立てる作業も毎日のように目にしていました。以前にもお話ししましたが、真珠をうっかり跨いでしまい、父の彦志に強く叱られた思い出があります。そのとき教えられたのが、真珠を人と同じように大切にすることでした」
1995年に清美堂真珠に入社、真珠の美しさの本質を叩き込まれます。
「真珠は丸く傷がないことが基本ですが、なぜ人が真珠に魅了されるかというと、真珠らしい輝きがあるからです。すなわち真珠層が生み出す“照り”こそが美しさの本質。それが今も貫かれ、清美堂真珠が扱うすべての真珠に共通しているのです」

養殖真珠において母貝から取り出した珠を調色・染色処理することは戦前から行われており、磯和晃至社長が入社した95年頃には、その技術は高度に進化していました。
「でも、自然のままの色はとても魅力的で、何とか処理を施さない真珠本来の魅力を商品にしてお伝えできないかという思いが募っていきました」
創業以来、清美堂真珠で主に扱ってきたアコヤ真珠の調色・染色処理に関してはもはや止めることはできないと判断。黒蝶真珠に特化していきたいと考えました。
「なぜなら黒蝶真珠は照りの差、美しさの差がはっきりわかりやすかったからです。すべてにおいてトップグレードの、世界で一番美しい真珠を扱う会社になりたい、その思いから25歳で単身、何のコネクションもないままタヒチへと旅立ちました」
118もの島々で構成されるタヒチ諸島。飛行機と船を乗り継ぎ、真珠の養殖を行っている離島に到着し、美しい真珠を探しに来たと伝えると噂は一日で広まり、養殖業者たちが真珠を見せにやって来たといいます。
「築きたかったのは、丁寧に母貝の世話をしてより美しい真珠を作っている人との関係でした。美しい真珠には天(自然)の恵みも地の利も重要ですが、最終的には人なのです」
何度となく現地に足を運ぶうち、その情熱と探求心が認められ、真珠のオークションにも参加できるようになり、現在ではタヒチ政府の大統領・副大統領とも直接会って話ができるまでに。こうして築き上げた産地との絆と天然色へのこだわりが結実し、2002年に誕生したのが黒蝶真珠のハイエンドライン“スーパーピーコック”です。
「“スーパーピーコック”は、グリーン系の中に、ゴールド、レッドなど多彩な色相を併せ持つ、最も黒蝶真珠らしい、照りの強い真珠です。その天然の美しさをお届けできるよう、清美堂真珠はこれからも、次の100年、200年に向けて思いを重ねてまいります」
・「清美堂真珠」ついて公式サイトで詳しく見る→

南洋の楽園、タヒチの海に抱かれて育まれる黒蝶真珠は、数ある真珠の中でも特に色相豊か。清美堂真珠では、その生まれたままの色を最大限に生かしたジュエリーを届けたいという思いから、人工的な調色・染色を一切施さない天然色の美しさを追求。さらに、巻き・照り・色・ 傷・形の厳しい判定基準をすべて満たした、わずか0.1%にも満たない高品質の黒蝶真珠のみが“スーパーピーコック”を名乗ることを許され、シンプルなデザインゆえに唯一無二の虹色の美しさが際立つジュエリーへと仕立て上げられていく。

奇跡の虹色を放つ“スーパーピーコック ”の美しさを最大限に生かすため、細部までこだわりを徹底。真珠層が幾重にも厚く巻かれた黒蝶真珠の強い照りと、選び抜かれたダイヤモンドの輝きが響き合う存在感は格別。
お問い合わせ/清美堂真珠
電話 03(3408)5799
URL:https://seibidopearl.co.jp/
撮影/栗本 光(静物) 猪俣晃一朗(人物) スタイリング/阿部美恵 取材・文/清水井朋子