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話題の作家 乗代雄介さんが考える“小説を書くこと”。孤高の視線がとらえるものとは?

2021.02.02

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第9回 乗代雄介さん
〔前編〕

小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと 小説が読まれない、小説が売れない。そんな話を耳にする昨今。けれど、よい小説には日常とは別の時空を立ち上げ、それを読む人の心をとらえる“何か”があることは、いつの時代も変わらない事実。SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。連載一覧はこちら>>

のりしろゆうすけ●1986年北海道生まれ。2015年『一七八より』で群像新人文学賞を受賞し、デビュー。18年『本物の読書家』で野間文芸新人賞を受賞。著書に『最高の任務』、デビュー前から15年以上にわたって書いてきたブログから自選し、全面改稿した『ミック・エイヴォリーのアンダーパンツ』がある。





群像新人文学賞を受賞したデビュー作『一七八より』以来、“書くこと”“読むこと”を作品の主題としてきた乗代雄介さん。

小説の巻末に付される参考文献や、作品からの引用を主体的に行う作風が示すように、ただならぬ読書家としても知られている――そんな乗代さんの小説を読んで印象に残るのは、書物に耽溺する人や、書くことから逃れられない人々だった。

ただただ書いて、読んで。書物にとらわれた作家の新境地


だが、利根川沿いに鹿島アントラーズの本拠地へと向かう、サッカー少女の亜美と小説家の叔父の旅の記録というかたちを取った新作『旅する練習』では、“歩く、書く、蹴る”という練習の時間が活き活きと描かれている。プロセスを心底楽しみながら、世間のことなどどこ吹く風とばかりに歩いてゆく登場人物の姿に、少なからぬ人が共感を覚えるだろう。

ボールさえ蹴っていれば機嫌のいい亜美と、書いてさえいれば機嫌のいい叔父。自分の好きなことに忠実に生きているふたりは、ジーコに惹かれて鹿島アントラーズのファンになった大学生のみどりさんと出会い、道中をともにする。目的地へと向かう3人のやりとり、その姿は、ロードムービーのようにシーンが浮かぶ。

前作『最高の任務』を書こうとした頃から実践している風景描写の練習、そこに端緒する場所を書くことへの関心。自分の好きな言葉を集めた名言集をつくろうと、15歳のときから始めた書き写しノート、“それがすべての始まりであることは、唯一、自信を持って言えることです”と話す長年、書き続けてきたブログのこと……。書くことをめぐる話からは、坦々と自分の道を歩き続ける、そんな作家の姿が見えてきた。


乗代雄介『旅する練習』(講談社刊)


「試合はできないけど、合宿に行くか」
「え?」と声が出ながらも、胸元へ正確なボールが送られてきた。「どこに?」
利き足とは反対の左足へボールを投げる。「鹿島へ」
上へずれた強い返球をなんとか取ると、亜美はステップを止めて私を見ている。
「どうやって?」
「歩いて」


(中 略)

大きく息を吸い込みながら見開かれていく目。
「練習しながら、宿題の日記を書きつつ、鹿島を目指す」
「行く!」挙手して叫んだ。
「そして最後に本を返す」
「完ペキ!」
うれしい悲鳴と、膝も曲げずに硬いバネのように細かく続けざま跳ねている様を「ただし」と制して見下ろすと、亜美の動きは一応止まった。取り残されたような笑顔に「一つ条件がある」と私は言った。


乗代雄介『旅する練習』より


目的を超えたその先に。乗代さんが見つめた“小説の練習”


――『旅する練習』はこれまでの乗代さんの小説よりも、間口が開かれたという印象を受けました。まずは作品の糸口から聞かせてもらえますか。

もともとよく外を出歩いていましたけど、前作の『最高の任務』を書き出す頃から、風景描写を書く練習を始めていたんです。ちょうどその頃、お会いした保坂和志さんに“あなたはデレク・ベイリーの評伝を読まなきゃだめだよ”と言われ、その本(『デレク・ベイリー インプロヴィゼーションの物語』)を読んだことで、練習という行為について考えるようになったのが、そもそものきっかけにあったように思います。

――練習は目的を達成するために行う、というのが一般的な考え方だと思いますが、ふたりの練習は目的を超えた何かを目指しているように感じたのですが。

それはすごく意識していたことです。

通しではありませんが、今回の小説に書いたルートは、距離にして4~5回分ほど歩きました。ただ、もちろん楽しいんですが、風景描写の練習をするだけだと、暇といえば暇で(笑)。小中学校時代にサッカーをやっていたこともあり、その旅にボールも持って行きました。風景描写は人のいない場所を選んでやるので、周囲に誰もいない平らな場所では、ついでにボールを蹴ったりしていましたね。

途中で寺社仏閣などがあれば、そこに寄っていろいろ見たり、考えたり。その地域の図書館にも足を運びます。泊まりだったら朝起きて、図書館に行って郷土史や地誌を読んで、また午後から歩く。そういう移動を重ねるなかで、だんだん(小説に書かれる)いろいろなものが揃っていったという感じですね。

――移動していると、おのずとセンサーに引っかかってくるものがあるという。

そうですね。ジーコについて書くとは思っていませんでしたが、自分で計画したルートを歩くなかでどんどん気になっていきました。彼が世田谷の自宅から鹿島まで車で通っていた道は、ルートの後半と重なっているし、ジーコは練習を大事にする人だったので、自分の考え事とも重なっていって。Jリーグが開幕したのは僕が小学1年生のときで、当時、ジーコの本を何冊か読んでいたことを思い出して、家にない本は買い直して読みました。


立ち入らないし、求めない。
自分の足で歩く者たちがひととき寄り添って


――今回、小説家の叔父と姪の亜美のやりとりがすごくよかったです。乗代さんの小説では、叔母と姪、叔父と甥、従姉弟という関係がよく描かれます。

親に習うというのは気恥ずかしいところもあるし、葛藤や軋轢も生じやすい。血縁がありつつ他人の色も残した微妙な位置からの関わりは、おいしいところを持っていける役どころという感じで、そういう関係をつい設定してしまうのかもしれません。

あと、今回は気の置けない関係である必要がありましたが、これは僕自身の実感というか問題として、友人関係として完全に心を開くのは難しいという気持ちがあって……。ああいうふうに自由なやりとりを、友人関係で書くのはちょっと気が引けてしまうんですね。

――練習の旅をしている姪と叔父に、初めて一人で徒歩旅行をしているみどりさんが加わります。それぞれ個で動く者同士が、目的地に向けて同行するのもよかったです。

たぶんあまり立ち入らない、その必要もないし求めないという、あのくらいの関係が自分の理想なんだと思います。結局、やりたいことは一人でやるしかないわけで、どうせならそういう考えを持つ人と関わりたいという普段の自分の気持ちが投影されていたかもしれません。
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