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“地味”な灰色こそが華やかな赤を創る【灰色】京都のいろ・睦月(2)

2021.01.20

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〔連載〕京都のいろ 京都では1年を通してさまざまな行事が行われ、街のいたるところで四季折々の風物詩に出合えます。これらの美しい「日本の色」は、京都、ひいては日本の文化に欠かせないものです。京都に生まれ育ち、染織を行う吉岡更紗さんが、“色”を通して京都の四季の暮らしを見つめます。前回の記事はこちら>>

睦月(2)【灰色(はいいろ)】
“地味”な灰色こそが華やかな赤を創る


文・吉岡更紗

1月に入ると、工房では紅花を使って和紙や布を染める作業が始まります。毎年3月1日から2週間、東大寺二月堂で行われる修二会(しゅにえ。お水取りとも呼ばれる)では、堂内に和紙で作られた椿の造り花が飾られます。その和紙を染める仕事を、祖父の代から50年以上にわたり染司よしおかにて承っております。「寒の紅染め」という言葉があるように、紅花の染色は、冬の寒い時期のほうがより色が鮮やかに染まるため、新年が明けると大半が紅花の作業となります。


※修二会とは法要行事のひとつで、正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」という。日常に犯しているさまざまな過ちを、二月堂の本尊である十一面観世音菩薩の宝前で、懺悔(さんげ)することを意味する。3月12日深夜には、「お水取り」と呼ばれる、若狭井(わかさい)という井戸から観音様にお供えする「お香水(おこうずい)」を汲み上げる儀式が行われる。このことから、修二会はお水取りとも呼ばれるようになり、近畿地方においては「お水取りが終わると春が来る」ともいわれる。

椿の造り花は、タラノキを切って五角形に整えたものを芯に、そのまわりに梔子(くちなし)で黄色く染めた和紙を巻いてしべとし、紅花で染めた赤の和紙と白の和紙を花びら型に切り、交互に貼って作ります。毎年2月23日に選ばれた練行衆(れんぎょうしゅう)の手によって、この花ごしらえが行われます。そのため、染司よしおかでは2月20日頃までには、紅花で染めた和紙、白の和紙、梔子で染めた和紙をそれぞれ60枚ずつ東大寺へお納めします。



修二会において、東大寺二月堂内に飾られる椿の造り花。写真/伊藤 信

赤く和紙を染めるにはたくさんの紅花が必要となります。和紙を1枚染めるのにおよそ1kg以上の乾燥した紅花が必要となります。それ以外にも自然の生み出す材料が必要となるので、年末までにこの紅花作業に向けて準備に入ります。

※使用する和紙の大きさは約40×48cm。

そのひとつが灰で、稲藁を燃やしたものです。紅花には赤と黄色の色素が含まれるのですが、大半を占める黄色の色素は中性の水で流れてしまいます。そしてわずかに含まれる赤の色素はアルカリ性にだけ溶け出す性質をもっており、稲藁にはアルカリが含まれているため、この灰の力を借りるのです。



大量の稲藁を毎日少しずつ燃やして灰を作る。写真/吉岡更紗

毎年11月の終わり頃、農家さんから大量の稲藁が届きます。膨大な量で、工房の前庭にうず高く積み上げられるのですが、それを毎日少しずつ竃(かまど)で燃やしていきます。そうして得られた灰に熱湯を注いで一晩おくと、少しずつ藁に含まれたアルカリがお湯に溶け出します。

水を入れ替えて何度も洗って黄色の色素を洗い流した紅花に、そのアルカリが溶け出した灰汁(あく)の上澄みを注いで揉むと、赤の色素が少しずつ汲み出されていきます。



灰汁の上澄みで紅花を揉み、少しずつ赤の色素を抽出する。写真/小林庸浩

今の生活では灰に触れることが限りなく少なくなっていると思いますが、かつてはそのアルカリ質を生かして洗濯や漂白をしていました。また、上澄みを取り除いた灰にはケイ酸が含まれ、陶芸家の方が釉薬として使うことができるため、希望される方には取りに来ていただいています。

燃やされた灰の色は、決して華やかな色ではなく、今にも雪が降りそうな曇天の冬空のような色をしていますが、華やかな赤を生み出す手助けや、その他の分野でも活躍する力を持っているのです。毎年、藁や椿などの灰を蓄え、様々な色を生み出す手助けをしてもらっています。

吉岡更紗/Sarasa Yoshioka



「染司よしおか」六代目/染織家
アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行っている。

染司よしおかは京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手がける。

https://www.textiles-yoshioka.com/
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更紗さんのお父様であり、染司よしおかの五代目である吉岡幸雄さん。2019年に急逝された吉岡さんの遺作ともいうべき1冊です。豊富に図版を掲載し、色の教養を知り、色の文化を眼で楽しめます。歴史の表舞台で多彩な色を纏った男達の色彩を軸に、源氏物語から戦国武将の衣裳、祇園祭から世界の染色史まで、時代と空間を超え、魅力的な色の歴史、文化を語ります。






特別展「日本の色 吉岡幸雄の仕事と蒐集」

染色史の研究者でもあった吉岡幸雄さんは、各地に伝わる染料・素材・技術を訪ねて、その保存と復興に努め、社寺の祭祀、古典文学などにみる色彩や装束の再現・復元にも力を尽くしました。本展では、美を憧憬し本質を見極める眼、そしてあくなき探求心によって成し遂げられた仕事と蒐集の軌跡をたどります。

細見美術館
京都府京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
会期:~2021年4月11日(日)
協力/紫紅社
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