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ゆるやかに、深く、現実と幻想を行き来して。川上弘美さんの“小説を書くということ”

2020.11.10

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小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。連載一覧はこちら>>

第8回 川上弘美さん
〔後編〕


〔前編〕川上弘美さんが紡ぎ出す“平安時代の恋”。時空を超えた最新作『三度目の恋』

平易なことば、余白のある文章で、ゆるやかでありながら、濃く、深く、そして振幅のある小説世界を立ち上げてゆく。川上弘美さんの作品には、そんな気配が通底している。


どこを向いても説明過剰気味の世の中で、余分なものをそぎ落とした文章で描かれる、現実と幻想、日常と非日常の境界を自在に行き来する物語は、目的地を定めない道行きのように、読む者の心を静かに昂揚させてくれる。

『伊勢物語』には想像の余地があるという言葉は、そのまま川上さんの小説にも当てはまるだろう。






なにひとつ確かな筋道はなく、なにひとつ確かな裏付けもなかった、わたしの今までの人生。
「たいした物語じゃ、なかったわ。つまらない物語よ、わたしの今までのことなんて」
 投げ出すように、わたしはつぶやきました。
「そんなことは、ないよ。物語は、たいがい単純なんだよ。男と女がいて、会って、恋して、そして別れてゆく」

(中略)

「そんなにも、彼が好きなの?」
 高丘さんは、静かに聞きました。
「好き」
 簡潔に、わたしは答えました。
「それなら、きみも魔法をおぼえることができるよ、きっと」
 暮れなずむ川端のベンチで、高丘さんはそう言いました。きみも。高丘さんのその言いように、わたしは一瞬胸をつかれました。きみも。ということは、高丘さんも、もしかするとわたしのように、誰かをくるおしいほどに恋したのかもしれない。そしてその果てに、いやいやながら、魔法をおぼえたのかもしれない。そんなふうに感じたからでした。

川上弘美『三度目の恋』より


――川上さんは長く俳句をされていますが、そのことは和歌を読む手助けになりましたか。

少しは役に立つかしらと思ったのですが、そうでもなかったですね。外から見れば、俳句をやっていれば和歌も……と思うのでしょうが、俳句と和歌のあいだには、ものすごい距離があります。

和歌は不思議な世界です。掛詞とか韻を踏むとか、言葉遊びのような、もっと言えば、駄洒落のようなリズムが、やがて雅なものにつながってゆくし、先人の和歌をたくさん読んだうえで、詠んでいたことも感じられる。和歌は、深いです。

言葉ひとつに、いくつもの記憶が積み重なっている


――積み重ねられたものの厚みをどこまで知るかによって、同じ歌を読んでも、初心者と長年、短歌をやってきたひとでは、歌の響き方が違うのでしょうか。

そうですね。これは俳句にも共通することですが、何しろ短いので、あまり多くは表現できません。ただ、俳句で言うと、花と言えば、桜で、それ以外の花は指しません。でも、花という言葉のなかに、花を詠んだたくさんの俳句の記憶が含まれていて、その上で俳句をつくってゆく。短歌もそうで、それが、短い詩がどうやって世界を膨らませてゆくかの、ひとつのポイントなんです。

あと、歌枕(歌が詠まれた名所旧跡)の場所がいろいろあって、歌や俳句には、場所の記憶も含まれます。そういうものを踏まえたうえで、詩人たちは長年、歌や俳句をつくってきたのではないでしょうか。



――うかがっていると、俳句をされていることは、むしろ小説の作風に影響しているのかなと思いました。

句会をやると、丸のついた俳句について、なぜ丸をつけたのか、あとでみんなで話し合います。そうすると、自分がつくった句の、17文字の情報よりもずーっとたくさん、その10倍くらいのことを、みなさん考えてくださっていることがわかるんです。俳句を始めたばかりのひとでも、17文字で表した以上の豊かな世界を、そのひとのなかでつくってくださる。ただ雨が降っていると書いても、この雨はさっき降り始めたとか、ただ歩いていると書いても、とぼとぼ歩いているとか、喜んで歩いているとか、自分のなかですべて補って読んでくださる。

そういう句会の場に出続けていると、ひとは、書かれたものしか読み取れない生物ではないこと、読者って本当にすごいということが実感できるんです。

ひとは、書かれたものしか読み取れない生物ではない


――読者への信頼のようなものから、説明に依らないことへと向かったのでしょうか。

もともと説明的な文章が苦手だったんですが、俳句をやるようになって、安心してますます説明を手ばなせた気がします。

それから、長く句会に出ていると、俳句に対する理解が深まり、以前は読み取れなかったことも読めるようになる。だから、小説を読んでわからない、自分とは考えが違うと否定するひとがいても、10年後、どうなっているかはわかりません。今、すべてのひとに肯定してもらう必要はなく、いつか誰かに届く可能性があればいいと、時間の変化に対する目が開かれたのも、句会という場を通じてでした。

――時間を味方につける、という感じでしょうか。

それはいろいろで、反対に時間が経つと、つまらなくなるものもあるんですけど。あと、自分がいいと思った句は、誰も取ってくれないという法則があって。これは絶対、名作だと思って出した句は、まず誰も取ってくれない(笑)。でも、そういうことも、すごく勉強になりますね。

別にその句がだめというわけではないんです。自分でもシュンとして、もう捨てちゃおうかと思いつつ、句帳の隅に書いておいたものを数年後に見て、ちょっと手を入れるとすごくいい句になったり。俳句をやっていて、なるほどなあと思うところです。

――夢を介して、梨子が春月に、女房になり、ひとが入れ替わる。こうした個の境界、自我のあいまいさは、記憶を持つことができず、いろいろなひとになってゆく『某』にも通じる気がしたのですが。

自我の問題については、私もいろいろ考えるところがありますが、ネットの時代になって、アイデンティティの在り方がすごく揺らいでいるような気がしています。ネット上で、日常で、会社や仕事関係でと、ひとにはいろいろなアイデンティティがある。これはけっこう前から感じていることなんですけど、人間ってそんなに強固なアイデンティティを持っているわけじゃないのではないか、と。

私は1958年生まれで、少し上の世代から、どうしておまえたちは主体性を持てないのかと、叱られた世代なんです。三無主義(無気力、無関心、無感動)とか、日和見的と言われて、そのことへの反発として、自我ってそんなに確かなものなの?という気持ちもあって(笑)。

自我というのは確固としたものではありえない


――『某』が描く、個への執着の薄さは、自我にまみれた現代人にとって、新鮮でした。

あと、女性であるということの大きさはあって。今もそうかもしれませんが、私たちの近辺の世代は、女性も学問を修めましょう、仕事もしましょう、母として妻として素晴らしくありましょうと強く期待されてきた。期待されるアイデンティティが、すでに分裂してしまっているうえに、では自分が何を目指せばいいのかということも、揺らぎっぱなし。

だから私自身は、自我というのは確固としたものではありえないという思いがあり、けれど、そのなかでどうやって自分を保つか、悩んできました。その悩みが表れたのが『某』だったのかもしれません。今は女性だけでなく男性にも、こうした悩みを自分のことして読んでくださる読者が、10年、20年前よりもずっと増えている気がします。

――選択肢はいろいろあると知ることで、気持ちが楽になるひとはいるだろうと思います。

たとえば、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』も、10年、15年前だったら、ちょっと変わったおもしろい話だね、で終わっていたかもしれません。でも、今は世界中で翻訳され、100万という単位のひとが読み、わかると感じる、そういう時代になっている。


小説には、自分の今が出てしまう


――小説を書き始めた頃と今で、小説に対するご自身の姿勢に、何か変化はありましたか。

あまり変わっていないんじゃないかな。はっきりかたちにはなっていないけれど、書きたいことはいくつかあって、そのどれを今、書くかは、勘のようなものなんです。読者の方がそれを読んでくださるかはさっぱりわからないけれど、これなら今、書けるという勘で生きてきて。変化は当然しているのだろうけれど、自分がどう変化したかは、なかなかわかりませんね。

――さらに勘を信じるようになったということでしょうか。

うーん、自分のことは、あまり信用していないのかも(笑)。ただ、小説家は必ず自分の今を書くんです。それは時代とリンクしています。自分の今を書くといっても、私小説ではないので、一見、今のことではない舞台だったりするけれど、書いているその時点での自分が出てしまうという意味では、変わっていないと思います。

勘っていうと、自分で選んでいるみたいに聞こえますけど、選んでいないつもりでも、どうしようもなく自分の今が出てしまうのが小説ではないか、という言い方のほうが、正確ですね。

――話は変わりますが、今はどんな本を読まれていますか。

最近は、ひとに薦めてもらった本を読むようになりました。小説家同士は、実はあまり本を薦め合うことはしないんです。ただ、このコロナ禍で、たまにLINEなどで話すときに本の話になって、自分では普段、全然読まない本を薦められると、それを読んだりしています。

本屋さんに行っても、自分の好きな本は何となくわかるので、それを手に取ってしまうし、アマゾンが勧めるものは、自分の好みと同系統のものじゃないですか(笑)。

――もういいです、というくらい、AIはやりすぎ感があります。

アマゾンに勧められたものはあえて避けるという天邪鬼なところもあり(笑)、だから普段は手に取らないタイプでおもしろい本を知ると、おおっ、となります。

最近だと、北欧ミステリーとか。外国の文学祭に招かれる機会があるのですが、出かけた国の文学も、読むようになります。
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