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【スーパー獣医 野村潤一郎先生の動物エッセイ】飼い主と愛犬のテレパシーのようなもの

2020.10.07

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スーパー獣医の動物エッセイ「アニマルQ」 犬猫から爬虫類までみるマルチな獣医にして100頭以上の動物を飼育する動物マニア。野村潤一郎先生の語る生き物の世界はいつもエキサイティング!

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犬と人のテレパシー通信


文/野村潤一郎〈野村獣医科Vセンター院長〉

磁石をぶら下げると必ず南北を示す。当たり前のことだが、大昔にはそれが何故なのか説明できる者はいなかった。誰もが世界は平らであると考えていた時代に、地球の“磁力線”の影響でそうなるなんて誰が思っただろう。


西洋の怪奇譚、呪いの指輪のからくりは、ダイヤの台座に仕込まれたウラン鉱石だった。おそらく金持ちが財産を守るために経験的に利用したのだろうが、その理屈は悪魔の力以外考えつかなかったにちがいない。“放射能”が発見されるはるか以前の話である。

夜空を自由自在に飛ぶコウモリは暗黒の部屋に複雑に張り巡らされた針金をいとも簡単にすり抜ける。その能力は長い間、謎だった。

彼らがヒトの可聴域をはるかに超える“超音波”を使い、エコーロケーションを用いていることが判明するまで長い年月を要した。

こういった事例は沢山あるから挙げていったらきりがないが、とにかく多くの謎が科学の発展により暴かれ、それまでオカルトだった魔法の数々は当たり前の法則として認識されるようになった。

しかしこれで全てだろうか。現代においても解明されていない不思議は実はまだある。良識ある普通の人は、既知の法則を逸脱した話をすると「ホラ、出たよ」と笑うのが世の常だが、かの大天才エジソンの晩年の研究は“あの世と繫がる霊界電話”だったことを話すと「ほ〜う」と感心したりもする。

かくいう私は動物の世界に浸かって55年、獣医師になって35年、一応は科学者の従妹のはとこのヒョットコのようなものだから、生物学はもちろん数学も物理も化学も得意だし、ついでにいうとマッチョで男前で唄も上手い。

しかし俗にいうニセ科学や脳内お花畑、明らかにインチキなヤラセなどについてはかなり否定的ではある。

そんな私がいつも首をかしげてしまうのが、愛犬家とイヌの間で行われる“テレパシー通信のような現象”で、実はかなりの頻度で遭遇し、いつも驚かされる。

「センセ、うちのペスは心臓が悪いから留守番が心配。だから預かって」

「いいですよ、行ってらっしゃい何処へでも。で、帰りはいつですかね」

「う〜ん、わかんないのよ、あてどもない自由な旅・・・・・・・・・・・・なんです」

「といいますと」

古いワゴンを直して自分だけのパラダイス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・にしたんです」

「それユーミンの曲の歌詞でしょう?では、派手なシャギー・・・・・・をしいてボデイにはティラノザウルス・・・・・・・・の絵ですか」

「はい、一番愛する誰か・・・・・・を乗せようと」

「イヌじゃないのか!」

というわけで、飼い主はユーミンの『ワゴンに乗ってでかけよう』を口ずさみながら出発した。いつ戻るかもわからない主人を待つペスはとても寂しげだった。

「おまえのママは今ごろ潮風感じてKeeponloving・・・・・・・・・・・だってさ」

「くーん、くーん、ヒィヒィ!」。

数週間が過ぎた。飼い主からの連絡はない。もしかしたらこのままイヌを迎えに来ないで行方をくらます気では、と思ったりもしたが、ぺスは食事をしっかりと食べる。毎回完食である。

これはイヌが「ママは必ず迎えに来る」と確信している証拠であり、それはかなりの確率で正しかったりする。

飼い主に捨てられた場合、つまり心の絆を失った時、イヌは生きる望みを失って拒食するのだ。

我が病院ビルの3階フロアーは入院施設になっていて、イヌたちはオリではなく大きなガラス窓のある個室に入る。そこからはエレベーターの扉とデジタルの階数表示パネルが見えるのだが、エレベーターのモーターがかすかにうなりを上げると皆一斉にそれに注目する。「自分の飼い主が上がってくるかもしれない」と期待するのである。

パネルの数字が変わる。1、2、3……緊張の瞬間だ……。

「ピンポーン、サンカイデス」

しかし出てきたのが看護師さんだったりすると、けっこうガッカリする。ママだった場合は「ワホッ! ワンッ! マンッ! ママンッ! ママッ!」と大喜びになる。

だから、この病院に泊まったことのあるイヌたちは「3」という文字が好きになる。

ある日のこと、朝からぺスの様子がおかしい。何かに興奮し、まん丸の真剣な目でエレベーターの数字ばかりを見ている。

お利口さんにお座りして、時々素早く舌なめずりをしながら前足で足踏み。これは「ぼく、おりこうさんにしていたよ、はやくはやく! 」の様相だ。まるで中野サンプラザの裏口でアイドルを待つファンのようにも見える。

夕方になった。エレベーターのモーターがシュルシュルと鳴り、表示が変わった。1、2、3……ペスの足踏みが速くなる。これはもしや……。

「ハーイ! ペスちゃん、ママよ〜」

出た!やったぜブラボー! ペスは嬉しさのあまりオシッコをまき散らしながらシッポを大回転させて、我々の掃除の手間を拡大させた。

「何の連絡もなしでいきなり帰ってきましたね」

「旅先でイロイロあったので帰ってきちゃいました。次はペスと一緒に行きます」



さて、ペスは飼い主の迎えをどうやって察知したのだろうか。これと同じことは多々あり、我が愛犬の場合はこうであった。

動物の調査のためにニューギニアに行った時のことだ。行きの飛行機の中で考えるのは、やはり日本に残してきた自分のイヌのことばかり。

当時の愛犬ビオラと私には“とうちゃん、ビオちゃん通信”という謎の遠隔通信網が確立されていて、イヌから離れると常に「とうちゃん、ビオちゃん、とうちゃん、ビオちゃん……」と頭の中で繰り返される状態だった。

しかし飛行機が離陸して遠ざかるにつれ、「とうちゃん、ビオちゃん、とう……ビオ……」と通信は途切れ途切れになり、日本の領空を離れる頃にはそれはすっかり消滅した。

イヌのことが頭から離れたので仕事に集中することができたのはいいが、現地の交通事情はかなりおおらかで閉口した。

船が出なかったり、国内線が飛ばなかったり、極めつけは運転手が恋人に会うために勝手にクルマを数百キロ逆方向に走らせたり、もう全くいつ帰国できるかわからない状況だったが、なんとか帰るめどが立った。

機内でウトウトしながらああやっと日本に近づいてきたなとわかったのは“とうちゃん、ビオちゃん通信”の再開によるものだった。

「とうちゃん、ビオちゃん、とうちゃん、ビオちゃん……」

成田に降り立ったのは正午過ぎ、時を同じくして自宅では愛犬ビオラが50キロの巨体で「とうちゃん今日帰ってくるよ! 」と大喜びしていたというこのことから、“飼い主と愛犬のテレパシーのようなもの”には、物理的な距離によってその感度が増減するという特性があると私は結論した。

しかし両者に介在するものは謎以外の何物でもない。まだ現代科学が認識していない何かがあることだけは事実である。

実は私はこれと似たようなことをヒト─ヒト間でも確認している。

男はつらい、本当につらい。男の人生は戦いと勤労で明け暮れる。女性が道端で泣いていたら誰もが優しく助けてくれるだろう。しかし男が泣いても「まあガンバレ」と言われるだけだ。

どんなに強い男でもピンチに遭遇するし泣きたいことだってある。もちろん男だから声は出さない。涙も出してはいけない。誰にも悟られないように、威厳と強さを、頑張ってきた己の歴史とプライドを絶対に壊さないように、精神の奥の奥のそのまた奥の領域で男は泣くのだ。これは苦しい。そんな時にきまって電話が鳴る。

「ママだけど元気にしてる?」

母親からである。私だけでなく、ほぼほとんどの男性がこれを経験しているという。不思議だ。

動物園で育児放棄したトラの母親に代わって、乳母を務めるイヌの話は昔からある。年月が過ぎても、大きなトラは小さなイヌの母親を忘れない。このことについてテレビでコメントをしたことがある。

勝 新太郎風に「自分の息子がトラになろうが、オオカミになろうが、母親にとって息子は息子なんだよ、見てみなよ、デカい身体のトラが犬の母親におかーちゃん、おかーちゃんって甘えてるよお、これを見て何か説明が要るのかな、見たまんまだよお」というものだ。

放送と同時に全国の母親から電話がたくさんかかってきた。皆一様に「感激した、その通りだ」と大泣きのありさまで、中には最初から最後まで嗚咽だけの人もいた。

息子がトラになっちゃったお母さんたちにとって救いの言葉だったのだろうか。世の中の母親はみんな息子に苦労してるらしい。

町田君と私は35年来の親友だ。生活も外観も全てが全く違うのに、私たちは同じところで笑うし、同じところで怒る。そしてかなり複雑な内容の会話でも、二言三言で通じ合える。

ある日病院に変な獣医がやってきた。自分は腕がないからイヌの飼い方を飼い主に教えて生計を立てたい、協力してほしい、という相談を突然突きつけてきたのだった。

しかし、彼のイヌの飼い方理論は、その辺で売っている孫引きの孫引きみたいなハウトゥ本による浅はかな知識であったため、私は困り果てて「ああ、こんな時、町田君が来てこのカン違いを追い払ってくれたらなあ」と思っていたところ突然本人が現れ、いきなり「おい、野村さんの病院から出ていけ」とやらかしたのである。相手が何者なのかも伝えていなかったのに。

そして今もこの原稿を書きながら「町田君、元気かなあ」と考えていたところ、たった今「明日遊びに行きます」と連絡が入った。

実はこういったことはしょっちゅうある。これはつまり親友の間でも、摩訶不思議な通信機能が成立するということである。さらにこんなこともある。

「あの患者さん、しばらく見ないけどイヌの病気は治ったかなあ」と思っていると、百発百中で翌日にその人が来院するのだ。

もしかしたらこの現象は動物人間を問わず、信頼関係がトリガーになっているのかもしれない。

何か参考になる資料はないかと書斎の古書を調べてみると、オーストラリア先住民の興味深いエピソードが目に留まった。狩りに出かけた男たちを待つ女たちは「あ!今うちの人が獲物を仕留めた」「あ、男たちがこちらに戻ってくる」と心で感じてそれを知り、料理の支度をはじめるのだという。

もしかしたら太古の昔には当たり前のように使われていたかもしれない生体通信。それは現代人が忘れてしまった様々な感情の中で最も大切な“信頼”というエネルギーで作動する尊い能力なのかもしれない。

野村潤一郎(のむら・じゅんいちろう) 野村獣医科Vセンター院長。至高の動物愛とブラック・ジャックなみの手術の腕は当代随一。自ら100頭以上の動物を飼育する、車とカメラが好きなマルチ獣医。コロナ禍でも動物たちは待ってくれない。最愛のものたちの命を守るべく、休日なしで日々奮闘中。
『動物医の不思議な世界 アニマルQ』
2025年2月27日発売
四六判、352ページ 定価1,980円(税込)

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名獣医が語る、愛とミステリーに満ちた動物たちの真実

最新かつ高度な医療を提供する動物病院、野村獣医科Vセンター。科学に精通した獣医師であり、超動物マニアでもある野村潤一郎院長の腕を頼って、患者は全国から訪れる。そんな熱い病院に渦巻く、笑いと涙、驚愕と感動の物語。そして、なぜか院長の周りばかりに次々と起こる、今の科学では解明できない動物を巡る摩訶不思議な出来事、名付けて「アニマルQ」。新たな書き下ろしを加えて待望の書籍化。
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イラスト/コバヤシヨシノリ 『家庭画報』2020年11月号掲載。 この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

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