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作家 柴崎友香さん特別インタビュー。時のなかで降り積もる土地の記憶を見つめ続けて

2020.09.01

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遠い街に引っ越した友人を訪ねた帰り、加藤(かとう)は来たときとは違う路線に乗ってみようとふと思った。その駅は、二つの電鉄会社の乗換駅で、南北に走る線路と、東西に走る線路があった。
西に向かう電車に乗った。そこから七つ目の駅を過ぎると電車が地下に入ってしまった。景色が見えずにつまらなかったので、次の駅で降りた。降りる乗客は多かった。


(中略)


端まで歩くと、不動産屋があった。ガラスの壁にもドアにもベタベタと間取り図が貼ってあり、中はほとんど見えなかった。加藤は、なんとなくドアを押してみた。店内が見えた途端、予想外の近距離に机があって真正面に男が座っていた。ものすごく狭い店だった。
部屋? と男は愛想のない声で言った。


「たまたま降りた駅で引っ越し先を決め、商店街の酒屋で働き、配達先の女と知り合い、女がいなくなって引っ越し、別の町に住み着いた男の話」柴崎友香『百年と一日』より


心情や内面は読み手にそっと手渡して


――今回の作品は、登場人物を感情やその内面ではなく、行動によって描いていると、そんなふうにも感じたのですが。

彼らが何をどう感じていたかは、読んだ人それぞれに想像してもらえたらと思っています。わたし自身、自分のことをすべてわかっているわけではないし、人の心のうちについても想像することしかできません。傍から知ることができるのは人の行動だけで、ただ行動を見ていると、その人自身が見えてくることもあるのではないか、と。感情って、本当にその人の考えが表れているとは限らなくて、自分がやったことを納得するために理由をつくることもあるし、その人自身にもよくわからないことって、意外に多いんじゃないでしょうか。駅で降りて、急に不動産屋に入って部屋を決めたというのは友人から聞いた話ですけど、そんなことができるっていいな、と(笑)。

――あの話を読んで、「わらしべ長者」を連想しました。

「わらしべ長者」はすごく好きで、ああいう話を小説にしたいと以前から思っています。友人は1年くらいで大阪に戻りましたけど、そのまま住み続けていたらどうだったのだろうと想像しながら書いたのがあの話です。「わらしべ長者」や、怠け者なのにいいことが起きる「三年寝太郎」とか、特に何もしていないのに幸せになる昔話が好きなんです。現代の社会では、財宝がザクザクという話にはならないけれど、どうすればそんな昔話の感じを小説にできるか、ずっと考えています。


――柴崎さんは、内面を表現するよりも、自分の外にあるおもしろいことを書きたいという話をされていて、そのおもしろいもののひとつが、場所や土地なのかなと思ったのですが。

建物は、ものではあるけれど、いろいろ考えてつくられていますよね。こうしたら住みやすいとか、その時代の流行のデザインであるとか、もっと広く全体の都市計画によるとか……。時が経って別の人が住めば、その人の好みで改装される、あるいは取り壊されて新たに建てられる可能性もあるように、多くの人の思いの接点がかたちになっている建物には、その時々の人間の願望、欲望が表れていると思います。

――東京に来て15年、その間、どのくらい引っ越しをされましたか。

15年で5か所、わりと動いていますね。家を決めるために物件を見て回るのが好きなんです。人の家ってあまり入る機会がないけれど、部屋探しをすると、不動産屋さんを通じて人の家に入ることができて、空き部屋ではあっても前に住んでいた人の気配を感じるんですよね。特に東京は狭い空間でいろいろ工夫しているので、それを見るのも興味深くて。わたしはわりと近いエリアで引っ越しをしているんですけど、場所が近くても、利用する電車の路線が変わると、乗り換えの駅が変わり、遊びに行く場所も変わるなど、生活圏も変化して、同じ東京でも違って見えてきます。

後編へ続く>>

柴崎友香(しばさき ともか)


しばさきともか●1973年大阪生まれ。文芸誌に発表した「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」を収録した『きょうのできごと』で2000年にデビュー。07年『その街の今は』で、芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞を受賞。10年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、14年『春の庭』で芥川賞を受賞。近著に『千の扉』『公園へ行かないか? 火曜日に』『待ち遠しい』など著書多数。公式Twitter @ShibasakiTomoka

【柴崎友香さんの最新刊】

作家生活20周年の新境地。時間と人と場所を新しい感覚で描く物語集。『百年と一日』(筑摩書房刊)
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎 中島里小梨(静物)
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