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祝・芥川賞受賞! 高山羽根子さんが小説にすくい上げる“ノイズ”とは?

2020.07.28

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切り捨てる人もいれば、拾ってつなぐ人もいる。
得体の知れないものが希望に変わることもある


――固有名詞を出さず、敢えて場所を特定せずに書かれる作品もありますが、今回は沖縄という場所を具体的に書いています。

その場所を書きたい、場所に依った何かを書こうという気持ちやその必然がないときは、住む場所や文化の違う人が読んだとき、それぞれに思い浮かべられるように場所を書いているかもしれません。『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』では渋谷を書くと決めて、ルートを歩き、地図なども見ながら書いていましたし、今回も、首里、浦添、港川など、場所を具体的に描いています。


沖縄は、今は日本ですけど、特殊な経験をしている土地で、実際に現地に滞在していると、時間の経過をレイヤーとして見ることができるというか。コンクリートの平たい建物、米軍ハウス、スーパーで売られているもののちょっとした違いなどを外の人間の視点で見ると、いろいろ考える手がかりになるんです。

――たしかに沖縄は時間のレイヤーが多い土地だと思います。

そこにあるものをノイズと受け止める人がいるいっぽうで、それを拾ってつなぐこともできるわけです。ただ、何かをノイズかどうか決める権利は私たちにはないし、それは多数決で決めることでもないと、私は思っています。たとえば沖縄に限らず、全国には、変わり者が個人でつくった私設の博物館があって、そういう建物は周囲の人から魔女の館のように見られていたりします。でも、そういう外側から見ると薄気味悪く映りがちな知の蓄積が、何かの拍子に希望に変わり得ることもないことはないんじゃないか、と。


未名子や順さんのような人間が、世の中のどこかになにかの知識をためたり、それらを整理しているということを、多くの人はどういうわけかひどく気味悪く思うらしいことに気がついたのは、あるときいきなりじゃあなく、徐々にだった。

未名子は社会のほかの人たちに対して、とりたててなんの文句もいうことなく、ただ黙って資料の整理をし続けていただけだ。いや、もし未名子がなにか世の中のことについて文句をいっていたり、多少の迷惑をかけていたとしたって、それとは別に集めてきた知識がなんの非難にあたるというんだろう。人がなにかを集めること、自分の知らないところでためこまれた知識を警戒することは、ひょっとしたら本能なのかもしれない。

高山羽根子『首里の馬』より


――周囲は未名子や順さんのことを、異質な存在と見ています。それは、今の日本や世界の状況にも通じているように感じました。

わからないものを怖いと思うのは危険を察知するため、人間の本能に刻み込まれたものなのかもしれません。おかしなものがあったら、そこから距離を取ることによって人間は生き延びてきましたけど、その怖がる気持ちをカバーするものが、知恵や知識じゃないか、と。互いを知るために知識をオープンにして共有することは、相手を排除しようとする気持ちへの対処法になるのではないか。そんなことを思いながら、小説を書いていました。


どこにいるかは関係ない。
距離を越えて互いを受け入れる


――小説では、共有できる知識としてクイズが描かれていますが、高山さんはどんなふうにクイズをつくっていたのでしょうか。

私自身は、クイズをすごくよく見ているわけではなくて、沖縄に対するのと同じように、クイズを外側から見ながら、奇妙なものとして書いています。問いに対する答えは用意されているのだから研究ではないし、確認し合うというそのやり方について、不思議だなあと思うところがあって。

――クイズはオンライン通信で、一対一で行われます。未名子には家族もなく、孤独に見えるけれど、順さん、上司、クイズの回答者たちと、つねに一対一の関係を築いていきます。それは多くの人が心中、求めているものではないか、とも感じたのですが。

未名子がクイズを通じてつながるのは宇宙や極地、戦場にいる人たちで、もし彼女の近くにいたら、こういう関係にはならなかったかもしれません。ノイズがたくさんある通信のなかで、たまたまつながったからこうなったのではないかと、書きながらそんなふうに思いました。未名子と彼らは、相手が地球のどこにいるかに頓着していません。どこにいてもランダムにつながってしまったなかで、互いを受け入れ合っている。

『首里の馬』は去年の夏頃から書き始めて、年末に書き終えて、2月の頭に文芸誌に掲載していただきました。コロナウイルスによって、今は同じ会社で机を並べていた人たちがオンラインで会議するようになっているけれど、こういうことが起きてみると、距離を越えて知識を共有できることは、やはり希望に通じるなと思いました。

――問読者(「孤独な業務従事者への定期的な通信による精神ケアと知性の共有」)という仕事は、書かれたことで“在る”ことになりましたが、高山さんはこれまでの小説でも、ユニークな仕事を書いていますよね。

そうですね。ただ冷静に考えれば、知らない人からすれば、どんな仕事にも不思議なところはあると思うんです。紙とペン、あるいはタブレットがあればどこででもできる文章を書く仕事は、ある意味とてもプリミティブですけど、世の中の多くの仕事は、カスタマー・サービス・センターにしろ、村田沙耶香さんが書かれたコンビニにしても、戦場でシェルターを販売する人や宇宙でデータ管理する人同様、きっと違う星に住んでいる人が見れば不思議で、何をしているかわからないことが大半だと思います。

後編へ続く>>

高山羽根子(たかやま はねこ)


たかやまはねこ●1975年富山県生まれ。2010年『うどん キツネつきの』が第1回創元SF短編賞佳作に選ばれる。16年に『太陽の側の島』で第2回林芙美子文学賞大賞受賞。『首里の馬』で第163回芥川賞を受賞。著書に『オブジェクタム』『居た場所』『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』『如何様』、近刊は、池澤春菜さんとの共著『おかえり台湾 食べて、見て、知って、感じる 一歩ふみ込む二度目の旅案内』。公式Twitter @HighMt_HNK

【高山羽根子さんの最新刊(第163回芥川賞受賞作)】

沖縄の古びた郷土資料館に眠る数多の記録。中学生の頃から資料の整理を手伝っている未名子のもとに、ある台風の夜、幻の宮古馬が迷いこんできて……。『首里の馬』(新潮社刊)
取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎 大見謝星斗(静物)
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