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本を愛する人々にとって必見の映画『つつんで、ひらいて』

2019.12.11

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〔今月のシネマ〕

『つつんで、ひらいて』

©2019「つつんで、ひらいて」製作委員会

ナビゲーター・文/福岡伸一


本には佇まいがある。本には装幀がある。本には表紙があり、カバーがあり、帯がある。本には天と地があり、小口と背がある。そでとのどがあり、花布(はなぎれ)があり、スピン(しおりの紐)がある。本にはページがあり、一行の文字数があり、1ページの行数がある。

文字には書体がある。そして本にはなんといっても束(つか)がある。束とは本の厚み。束を掌(たなごころ)に受け、本を開くと、本には持ち重りがある。そして、読み進めるにつれ、本の重心が移動する。その推移の感触が今の自分の位置を告げる。

これが本だ。つまり本には独自の感触があり、その中を固有の時間軸が貫いている。読者はその細い道を独りで辿る旅人。

にもかかわらず、ネットの発達と文字情報の電子化によって、本は今、瀕死の淵にある。本だけではなく、雑誌も、新聞も、紙の媒体すべてが消え去ろうとしている。

みなさんは、俵 万智のベストセラー『サラダ記念日』を覚えているだろうか? 頰杖をついたモノクロの著者の写真の下に、鮮やかなピンク色のローマ字の斜め書体で、saradakinenbiとある。biは背表紙の方にまわっている。

あるいは、平野啓一郎の長編小説『決壊』上下巻を書店で見たことがあるはずだ。上巻では「決」が、下巻では「壊」が、まさに爆発寸前にまで膨張している。

1度見たら忘れることができない、こんな本の佇まいは、すべて1人のデザイナーの手によってつくり出された。装幀家・菊地信義である。

彼は、文字を書いた紙を切り、並べ、貼り、定規で線を引き、眺め、またやりなおす。それを延々と繰り返す。馴染みの喫茶店に行ってコーヒーをすする。陶器市に出かけ掘り出しものを探す。

そんな菊地の仕事、日常、本づくりの関係者や弟子たちとの交流が淡々と描き出される。カメラは不意に揺れながら、菊地の手元の丹念な作業を繰り返し映し出す。それは菊地の本づくりに似て、手づくり感あふれるものとなっている。

監督は、是枝裕和率いる制作者集団「分福」の新鋭・広瀬奈々子

本を愛する人々にとって必ず見なければならない映画。本が知恵の泉としてこれからも我々の未来をうるおすなら、本は文字通り、本来の本のかたちを保ち続けなければならない。

私たちはどうすればいいのだろう。覚悟を決めるしかない。

福岡伸一(ふくおか しんいち)
生物学者。『生物と無生物のあいだ』『動的平衡』など著書多数。ブックマイスターを育てる福岡伸一の知恵の学校も開校中。近著に『ナチュラリスト生命を愛でる人』など。


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広瀬奈々子監督インタビュー。ドキュメンタリーを撮ることになったきっかけとは?>>

『つつんで、ひらいて』

これまで1万5000冊以上の本を装幀してきた日本を代表する装幀家、菊地信義。紙、書体、色を選び、配置し、組み合わせ、本の内容をかたちにして伝えてゆく——その創作過程や職人的な仕事ぶりを映したドキュメンタリー。

2019年 日本映画 94分
監督・編集・撮影/広瀬奈々子
出演/菊地信義、水戸部 功、古井由吉
公式URL:https://www.magichour.co.jp/tsutsunde/
2019年12月上旬より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
取材・構成・文/塚田恭子

『家庭画報』2019年12月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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