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菊乃井・村田吉弘【日本のこころ、和食のこころ】七月 千日詣

2017.07.01

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京都の家庭や料理屋の台所でよく見かける「阿多古祀符 火迺要慎」のお守り札。菊乃井の調理場にももちろん貼ってあります。古来、火は人間にとって「浄化」であり、「畏怖」の対象でした。今月は調理に欠かせない「火」の物語です。

東京・赤坂店の調理場には愛宕神社の護符とともに、富岡鉄斎の「火用慎」も。


料理屋にとって火事ほど恐ろしいものはありません。
うちも愛宕講に入り、調理場すべてにお札を貼っています。





京都は木造の家屋に住んでる人が多いですね。今でも祇園の町中や、上京の西陣の職人さんなんかが住んではったあたりは長屋も残っています。だから、京都人は火事がいちばん怖い。天明の大火は応仁の乱以来の大火災やったと、代々その怖さが伝えられてきています。

そのせいかうちのような料理屋だけではなく、普通のご家庭の台所にもたいがい「阿多古祀符 火迺要慎」のお札が貼ってあります。これは嵯峨の愛宕町にある愛宕神社のお札です。愛宕神社は火伏せの神様。カグツチノミコト(迦倶槌命)を祀り、全国約九〇〇社を数える愛宕神社の総本宮です。京都人は「愛宕さん」と尊崇と親しみの念を込めて呼んでいます。

記紀神話によるとカグツチノミコトはイザナミノミコトとイザナギノミコトの間に生まれた火の神であるとされています。愛宕神社には「千日詣(せんにちもうで)」という神事がございます。千日まいりともいい、七月三十一日の夜から八月一日の早朝にかけて御神体の愛宕山に登り、参拝すると一〇〇〇日分の御利益があるとされています。全国から参詣に訪れ、行けなかった親戚やご近所のかたの分もお札を求めるわけです。愛宕神社は「講」も多く、うちもほかのお料理屋さん三〇軒ほどと講に入っています。お社やしろを持ち回りでお守りし、毎日火をともして拝んでいます。

火は畏怖の対象であると同時に神であり、文明の証でもあります。火は人間にしか扱えへん。その火を使って料理ができるのです。火に神を見るのは日本人だけですね。
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