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モノクロの世界が映す人や物の本質とその影 映画『COLD WAR あの歌、2つの心』

2019.07.05

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〔今月のシネマ〕

『COLD WAR あの歌、2つの心』

ナビゲーター・文/小池昌代

映画の冒頭、3人の男女が録音機を片手に村々を訪ね歩いている。農民たちが歌う民族音楽を採取しているのだ。


冷戦下のポーランド。スターリン主義に覆われた政治体制は、芸術にも不穏な圧力を及ぼし、ジャズなど西側の音楽が否定され、民族主義に根ざす音楽や舞踊が求められていた。

音楽舞踊団が創設されることになり、そこへ歌手の一人として選ばれ、やってきたのが野性味あふれるズーラである。

彼女との激しい恋に落ちるのが、ピアニスト、ヴィクトル。彼らは政治情勢に翻弄されながら、別れと再会を繰り返し、音楽に生き恋に生きる。

とはいえ普通の、甘いラブストーリーとは少し趣が違う。まずここには、政治と芸術との緊張関係があり、恋人たちは西と東、自由主義と共産主義とにゆさぶられ、恋だけに没頭できるような状態にはない。

互いに遠く隔てられれば、それぞれに恋人をつくり、配偶者を得、子供もできる。なのに再び巡り合えば、そうして築き上げた身辺の関係を壊し、恋が復活するということの繰り返しだ。周りの人々にとってはかなり迷惑な話。

監督の両親がモデルというが、作品では、こうした複雑さが、ごく自然な状態として描き出され、運命の大恋愛といった大仰な捉え方はなされていない。よって恋が、人生の一部分として見えてくる。この映画の大きさだろう。

ズーラがとても魅力的だ。若いくせに内面が相当に成熟していて、映画の最初のほうでは、「私と母を間違えたから、刃物で刺したが父は死んでいない」などと、父の不始末を示唆する物騒なことを言っている。血の気が多いのだ。

何かに突き動かされたように生きる彼女に比べ、男は途中で獄に入ることもあり、次第に衰退していくのが見てとれる。ラストまで観ると、人生の混乱も徐々に静まって、2人には、まるで長い時間をすごした夫婦しか持ちえないような、静かな諦念が漂っている。

画面はモノクロで、女性の瞳の色も、髪の色も、服の色も皆目わからない。だがこの色彩のない世界が、人や物の本質とその影を、怖いほどにくっきりと映し出す。この「黒」のなかにすべての色がある。

何よりも音楽が圧倒的だ。ズーラの歌う民謡に「オヨヨ」という音が繰り返される印象的な一曲があり、亡命先のパリでは、それがジャズにアレンジされ歌われた。誰もがその哀愁味に陶然とするだろう。

この一曲を聴くだけでも、観る価値がある。

 

小池昌代(こいけ まさよ)
詩人、作家。池澤夏樹=個人編集日本文学全集02『口訳万葉集/百人一首/新々百人一首』では、百人一首の新訳を担当。最新詩集は『赤牛と質量』。近著に『幼年 水の町』『影を歩く』。

『COLD WAR あの歌、2つの心』

音楽舞踊団の養成所で、選抜する者・される者として出会ったピアニストのヴィクトルと歌手志望のズーラ。互いを求めながらも、ヴィクトルのパリ亡命後、再会と別れを繰り返し......。冷戦下のポーランドで激しい恋に落ちた2人を、鮮烈な音楽と映像で描いた作品。

2018年ポーランド・イギリス・フランス合作 88分
監督・脚本/パヴェウ・パヴリコフスキ
出演/ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット、アガタ・クレシャ
2019年6月28日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
公式URL:https://coldwar-movie.jp/
取材・構成・文/塚田恭子

「家庭画報」2019年7月号掲載。この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

小池昌代さんに聞く。詩の魅力って何でしょう?
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