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詩人の思考回路。平田俊子さんが“先天的なひねくれもの”と評する私について(前編)

2019.05.21

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――小学生のときから、草野心平の詩が好きだったそうですね。

私が子どものころ、教科書に載っていた詩はたいてい古くさかったんです。草野心平の詩だけが伸び伸びしていて新鮮でした。人間が出てこないのもよかったのかもしれません。心平の詩はことばにリズムがあり、躍動感があり、やさしさがあり、ぬくもりがあった。ことばっておもしろいなあと思いました。『若草物語』や『ロビンソン・クルーソー』も好きでしたが、心平の詩を読んで詩の魅力に気付きました。学校の図書室で子ども用に編集された心平の詩集を借りて読みました。中学生のとき中原中也や高村光太郎を知り、高校のとき現代詩のアンソロジーを読んだのですが、それまで知っていたのとまったく違うタイプの詩と出合い、詩の階段を一段上がりました。


――平田さんの詩には笑いがあります。笑いは初心者にとって詩の入り口になる気がします。

いつもヘンテコなことを考えてますから。詩人って難しいことばで深遠そうなことを書いている人が多いんです。詩に笑いを取り入れるのは、そういう人たちへの反発もちょっとありますね。私は「鼻茸について」など数編の詩で思潮社の第1回現代詩新人賞をいただいて、受賞のご褒美に詩集をつくってもらえることになりました。当時は京都に住んでいたのですが、受賞後の1年間せっせと詩を書いては思潮社に郵送する日々でした。それをまとめたのが第一詩集の『ラッキョウの恩返し』です。

――第一詩集から行分けではない詩を書かれていて、関西弁や独特の擬人化を用いるなど、平田さんの詩にはストーリー性と同時に、人間も、モノも、風景も同等に扱うフラットな視線を感じます。

行分け詩が基本だと思っていますが、ストーリー性のあるものを書きたいときはそれでは間に合わないので散文詩になりますね。詩らしくないものを書きたい時期が長くあり、そういうときは散文詩をよく書きました。視線はできるだけフラットでいたいと思っています。そのほうがいろんなものを受け止められるので。20代の頃はかたくなでしたけど、最近はできるだけ心を開いていようと思うようになりました。

――京都で過ごした大学時代は、よくジャズ喫茶に足を運んでいたそうですね。

1970年代の京都はジャズ喫茶、ロック喫茶がたくさんあったんです。私はジャズ喫茶だと「ZABO」とか、倉橋由美子さんの小説に登場する「しあんくれーる」というお店が好きでした。暗くて、煙がモウモウとたちこめていて、大音量でジャズがかかっていて。本を開いても集中できないんですが、そういう穴ぐらみたいなところで大きな音を浴びているのが心地よかった。「ZABO」は地下にあったんですが、狭い階段を下りていくときからワクワクしました。今になって考えると、何のための時間だったのかよくわからない。ちっとも生産的ではなくて無駄といえば無駄だったのかもしれないけれど、当時の自分には大事な場所と時間でした。

……しまざきが女房、いと妬みぶかければ、かかる場合、つつみを解き、中身のみを持ち帰りておのが買いし物のように振る舞いたりけるものを、女房、去年の夏江戸の地へ去り、ひとりぐらしの身の上なれば、案ずる要なく、心安らかにこれをうちへと持ち帰るなり。リボンを解き、つつみをほどきつつ、しまざき、ふと浦島太郎が心地すなり。さてはにょうぼうが怨霊、われをサンタクロースがごとき白髪のおきなにせんが料簡かと覚えしが、好奇心は猫をも殺す、恐る恐るふたを開ければ、……

『(お)もろい夫婦』 「二元師走草紙」より



離婚した女をみんな見にくる
離婚した女なんて今どき珍しくもないと思うが
何べん見てもいいのだという
保険の外交員は
離婚保険に入っていなかったことを責め
今後のためにと資料をくれた
ベビーシッターは
一人暮らしは寂しいでしょうと
いらなくなった赤ん坊をくれた

『ターミナル』 「千客万来」より

――詩集『ターミナル』は、人間が裡に持つ暴力性から目をそらさずに書かれたような、それ以前・以降のものとは少し違う印象を受ける作品でした。

『ターミナル』の前に、『(お)もろい夫婦』があります。90年にひとりで上京し、3年間、東京と関西で別居結婚するんですが、夫や東京への愛憎相半ばする感じや結婚への疑問を書いたのが『(お)もろい夫婦』という詩集でした。その後、東京に転勤になった夫と再び同居して、4年後に結局別れますが、離婚した年に生まれたのが『ターミナル』なんです。離婚する・しないのゴタゴタの中、朝日新聞の日曜版で“10週間、詩の連載をしませんか”という話をいただきました。担当者との顔合わせのとき、“実は私、離婚騒動で大変なんですけど、それはそれとして詩はしっかり書いていきますから”といったことを覚えています。『ターミナル』に入っている「千客万来」などの離婚の詩は、その連載で書いた詩です。なかなかタフな神経ですよね。


左から・『平田俊子詩集』(思潮社)、『詩、ってなに?』(小学館)。

――渦中のなかでも、距離を取って作品化されているのですね。

現実に負けたくないという、詩人の意地でしょうか。苦しかったけれど、書くことが救いになりました。詩がなければ、感情の行き場がなくてさらに苦しかったと思います。といって、現実にあったことをそのまま書くのは自分のやり方ではないと思ったので、虚構をたっぷりまぜながら作品にしました。現実から距離を取ることは常に意識しています。

新宿2丁目にて

平田俊子/Toshiko Hirata

詩人
1955年島根県隠岐島生まれ。1983年第1回現代詩新人賞を「鼻茸について」などの詩編で受賞。受賞作を含む第一詩集『ラッキョウの恩返し』を1984年に出版。『ターミナル』で晩翠賞、『詩七日』で萩原朔太郎賞、小説『二人乗り』で野間文芸新人賞、『戯れ言の自由』で紫式部文学賞を受賞。近著に『低反発枕草子』、『詩、ってなに?』などがある。

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取材・構成・文/塚田恭子 撮影/阿部稔哉 撮影協力/カフェ・ラバンデリア
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