カルチャー&ホビー

詩人の再読の書。高橋順子さんが立ち返る、この3冊の本(後編)

2019.05.14

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●高橋順子さんの再読の書

順子さんの詩に共鳴した車谷さんが、絵手紙を送ったことから始まり、互いの作品に惹かれ合い、この世の道づれとなった詩人と小説家。ことばには、その人のすべてが現れると信じた車谷さん同様、ことばが好きで、ことばを信じる。そんな順子さんが詩歌のなかから選んでくださった3冊は。




『厄除け詩集』/井伏鱒二(筑摩書房版)
筑摩書房版の『厄除け詩集』が出た1977年、私はちょうど33歳で、女の大厄だったのですが、この詩集を厄除け札にしようと思って、第一詩集『海まで』を出しました。井伏鱒二の詩は、簡潔にしてユーモアやとぼけた味があって。人柄がよく出ていて、こういう詩はなかなかないですよね。頭に浮かぶのは、「逸題」という詩の“今宵は仲秋明月/初恋を偲ぶ夜/われら萬障くりあはせ/よしの屋で独り酒をのむ”というところです。われら、といいながら、独り酒をのむ、というのは、ゆるやかな連帯のなかの孤独というか、実に味のある詩だと思います。

『芭蕉七部集』/松尾芭蕉(岩波文庫)
これは旅に出るときによく持ち歩いています。通して読むというよりは、連句のところをパラパラと読んだり。発句だけつくっているものも結構あります。私は連句の教室を持っているのですが、この本は基本ですね。連句にはいろいろ決まりがあって、厳密な人は、芭蕉がやっていることも間違っている、といったりしますが、芭蕉好きの私は、たとえ間違っていても、芭蕉がやっているんだからこれでいいというスタンスです。これは本当に手放せない、旅のお伴にしている本です。

『日本の詩歌 その骨組みと素肌』/大岡 信(岩波文庫)
この本は、大岡さんが日本の詩歌についてコレージュ・ド・フランス(国立の特別高等教育機関)で講義をした記録で、フランス語訳もあるそうです。西洋人のなかでも、特にフランス人は明晰で、曖昧さを許さないところがあるようですが、そのフランス人を聴衆に、日本の文学、詩歌はこういう特徴を持っている、そのよさはこういうところだと、ひとつひとつ具体例を挙げて話しているので、とてもわかりやすいんです。骨組みと素肌は、本質と現象という意味だと思います。あとがきで大岡さんは、この本は実は日本人に読んでもらいたいと記していますが、自分が折に触れて読むだけでなく、大岡さんの本でどれか1冊、といったら、私はこの本を選びます。大岡さんは著作集の編集を担当して以来の長いお付き合いで、私は自分では大岡さんの弟子だと思っていたんですけど、一匹の虎(車谷さん)が外で大岡さんに噛みついたおかげで、破門されました。最後、先生が亡くなる前にお見舞いに行かせてもらえたのでよかったです。

向丘にて

高橋順子/Junko Takahashi

詩人
1944年、千葉県海上郡飯岡町(現・旭市)生まれ。東京大学仏文科卒業後、出版社に勤めながら、77年第一詩集『海まで』を刊行。『幸福な葉っぱ』で現代詩花椿賞を、『時の雨』で読売文学賞を受賞など、共著を含めて多くの詩集を発表。四半世紀を共に過ごした私小説作家の夫との日々を振り返った『夫・車谷長吉』で講談社エッセイ賞を受賞。『星のなまえ』『水のなまえ』など、自然をモチーフにしたエッセイ集、なまえ(名前)シリーズなど著書多数。

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取材・構成・文/塚田恭子 撮影/大河内 禎
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