歌人の再読の書。東 直子さんが気がつくと手に取ってしまうという、この3冊（後編）

●歌人の再読の書

いろいろなことをやりすぎている気もしますけど、飛んできた球を返すのがおもしろいので、つい、いろいろやってしまって……と話すように、近年は書籍の装画を手がけるなど、イラストを描くことにも熱心な東さん。そんな興味の幅の広い東さんが、ご自身の創作との関わりから選んだ、繰り返し手がのびてしまう再読の書とは。


『ふたりはともだち』　アーノルド・ロベール　訳／三木　卓（文化出版局）

アーノルド・ロベールの“がまくんとかえるくん”シリーズはいくつか本が出ていますけど、私は長男が小学1年のときの教科書に載っていたものを初めて読みました。一方が書いた手紙をかたつむりの郵便屋さんが届けるのですが、歩みが遅くて、ふたりで手紙が届くのを一緒に待って、4日後にがまくんの家に届くという非常にのどかな話です。おっとりしたがまくんとしっかり者のかえるくんが互いを支え合うその距離感、仲がいいけれど踏み込まない友情の加減や、色を押さえた絵の佇まいも素晴らしくて。私は30歳を過ぎてこの本に出会いましたが、すごく和みましたし、自分が童話を書くに当たっても影響を受けました。のんびり遊んでいる彼らの関係性から滲むユーモアは、大人が読んでもおもしろいし、いやなことがあっても、これを読むと気分がよくなって熟睡できる点もお勧めです。



『世界の美しい鳥』　監修／上田恵介（PIEインターナショナル）

表紙のキューバコビトドリを見て、こんなに可愛い鳥がいるんだと、一目惚れして手に入れた写真集です。資料として写真を見ながら絵を描くことが多いのですが、タイトル通り、この写真集は色の美しい鳥を集めているので、色彩の勉強にもなります。こんなにたくさん色を使っているのに調和が取れていて、色だけでなく姿かたちも斬新で。見ていると本当に飽きないし、鳥って天才的なだと思います。鳥だけでなく、イカとかタコとか深海の生き物も大好きなのですが、野生の生き物の写真集を見るのは楽しくて、ずっと見ていられますね。

『石原吉郎詩集』　石原吉郎（思潮社）

石原吉郎は戦争で捕虜になって、シベリアに抑留され、帰国後、詩集『サンチョ・パンサの帰郷』を発表した詩人です。そういう背景を知ると、さらに深いというか、その死生観が感じられるというか。自分がどこまで理解できているかわからないけれど、彼の詩には、暗さのなかにもどこか光や、希望を求めている印象があります。実は石原吉郎の「自転車にのるクラリモンド」という詩を『トマト・ケチャップ・ス』という小説のなかで引用しているんです。この小説は女子高生3人が漫才をする話で、そのひとり、葉ちゃんは家が悲惨な状況なんですけど、詩歌が大好きで石原吉郎の詩をいつも持ち歩いている。“自転車にのるクラリモンドよ目をつぶれ／自転車にのるクラリモンドの肩にのる白い記憶よ目をつぶれ”とリフレインされて、目をつぶったなかに明るいイメージが広がってゆく。苦しいシベリア時代にも希望を失わず、目をつぶれば浮かんでくるこうふくな記憶を大事に反芻しながら、石原吉郎は生きてきたのかなと、私は思っていて。深い悲しみを抱きながら刻まれることばに励まされるものがあって、時々手に取って読み返します。

千駄木にて