手の疾患にかかるリスクが更年期以降は何倍も高まる
名古屋大学医学部には日本で唯一「手の外科」を専門とする講座があり、同大学医学部附属病院では平日に毎日、専門外来を開いています。
同外来では日本手外科学会が認定する「手外科専門医」が中心となり、けがや疾患によるさまざまな手の障害に対応しています（下の表参照）。
※日本手外科学会HPを参考に作成「障害の中でも発症頻度が非常に高いのがしびれと変形です。原因はいろいろありますが、中高年女性に特に多くみられます」と同科教授の平田 仁先生は説明します。
たとえば、手がしびれる原因の大部分を占める手根管症候群は、中高年女性に圧倒的に多いことが知られています。また、手指の変形は遺伝的要因も強く、祖母や母親の手指が変形していた人は、そうでない人に比べて発症リスクが高まります。
腱鞘炎も女性に多い手の疾患の1つで、更年期と患者数が増えてくる時期が一致していることがわかっています。
「ホルモンバランスの変化が影響すると考えられており、更年期は発症の間接的要因となっています」（平田先生）。更年期以降は手の疾患にかかるリスクが何倍も跳ね上がることを知っておきたいものです。
一方で、「治療しているけれど、手のしびれがよくならない」という人も大勢います。同外来にも、複数の医療機関を転々としてきた患者さんが受診することが少なくないそうです。
また、変形に伴う痛みや腫れ、こわばりなどの症状に対し「これは加齢現象で病気ではない」と診断されていることも多いとか。
こうしたケースについて平田先生は「手の構造と機能はとても複雑で、手外科専門医でないと診断が難しい面があります」と指摘します。
しびれは首に原因があると思われがちですが、実は腕の障害によるものが大半だといいます。「そこを見極めれば、手根管症候群や胸郭出口症候群といった絞扼性神経障害は手術やリハビリでよくなります」（平田先生）。
同外来は顕微鏡下低侵襲手術を得意とし、これまでの手術件数は1000例を超え、日本屈指の実績を誇りますが、早期に適切な治療を行えば手術に至らないことも多いそうです。
「変形も痛みや腫れ、こわばりが現れたときに放置せず治療を始めると、リハビリや薬でコントロールすることが可能です。手や腕の慢性的な症状が改善しないときは、手の外科を早めに受診してください」と平田先生はすすめます。
手のけがは最初の治療が肝心。手外科専門医の処置を受ける
同外来では、慢性的な症状だけでなく、骨折や切り傷などの外傷にも積極的に対応しています。「手のけがは最初の治療が肝心で、手に関する専門知識と治療技術がないと治療による後遺症（医原性障害）が残ります」と平田先生は注意を促します。
ハンドセラピストによるリハビリを組み合わせることで治療成績が向上する
手首を骨折する女性の数は65歳から増えていきます。手首を骨折すると腫れた後に固まってきて手の動きが悪くなりますが、このような状況にならないようハンドセラピストの教育を受けた作業療法士が早期からリハビリを行い、手の動きや状態を管理しながら骨折を治療していきます。
また、昔ながらのギプス固定をすると、25～35パーセントの発症頻度で物が触れないほどの痛みや麻痺が生じる「複合性局所疼痛症候群」を引き起こすことがわかっています。そこで、同外来では手首を固定する装具を工夫し、後遺症を予防します。
さらに切り傷による手のけがでも深刻な後遺症を残すことがあります。「指の握りには腱が7センチ以上も滑走しなければならず、けがの後わずかでも腱が癒着すると指の動きが大きく損なわれます。
そのため、顕微鏡や拡大鏡を使い、癒着を最小限にする高度な手術が欠かせず、手外科専門医が対応する必要があります。
手外科が確立する以前、手の中の治療は“ノーマンズランド（誰も立ち入ってはいけない領域）”とされ、不用意に腱を縫合し手や指が動かなくなることがよく起こっていました。
一般の人はもちろん、このことを知らない外科医も多いので、今でも決して珍しいことではありません」と平田先生は説明します。
「刃物で手のすじを切ったときは止血したうえで感染予防のために傷口を消毒し、数日後の受診でもよいので、手外科専門医に必ず処置してもらいましょう。また、手の機能を正常に回復させるためには、縫合後に専門的なリハビリを受けることも不可欠です」と平田先生はアドバイスします。
