村雨辰剛の二十四節気暮らし庭師で俳優としても活躍する村雨辰剛さんが綴る、四季折々の日本の暮らし。二十四節気ごとに、季節の移ろいを尊び、日本ならではの暮らしを楽しむ村雨さんの日常を、月2回、12か月お届けします。
小雪~日本酒の奥深さと出合う

「銀座君嶋屋」にて。ほろ酔い気分を堪え、真剣に味を見極める村雨さん。
二十四節気は、雪がちらつく時候を表す「小雪(しょうせつ)」を迎えました。冷たい北風が木の葉を落とす頃に、花びらのような雪が舞う情景はとてもロマンティックです。東京では年内に雪が降ることはめったにありませんが、子どもの頃に雪を待ち侘びた思い出と重なり、年末に向かう気忙しさを忘れさせるような風情が感じられる言葉です。
「小雪」の頃に真っ先に思い浮かぶ日本の行事といえば、毎年11月23日に全国の神社で行われる五穀豊穣を祈る新嘗祭(にいなめさい)です。「新」は新穀、「嘗」は奉ることを表し、「新嘗」はその年に収穫された新穀を神に奉って自然の恵みに感謝をすることを意味するようです。その歴史は古く『日本書記』には飛鳥時代に行ったという記述もあるとか。日々の食事に対して改めて感謝の心を持つ節目ともいえます。そんな気持ちを携えながら、今回は“家ご飯”の時間が待ち遠しくなるような日本酒を求めに横浜君嶋屋の銀座店である「銀座君嶋屋」へ向かいました。
店内には角打ちスペースもあり、その時々で希少な銘柄を楽しむこともできます。写真提供/銀座君嶋屋

村雨さんの意向を伺いながらセレクトを御指南いただいたのは「銀座君嶋屋」店長・大塚愛実さん。
横浜君嶋屋の創業は明治25(1892)年、130年以上もの歴史を誇ります。横浜の地で港や近隣で働く男衆のために、角打ちを商いとした下町人情あふれる店としてスタート。4代目の頃に、「満寿泉」の大吟醸という人生を変える一杯の日本酒と出合ったことで、本当に美味しいと思う地酒を扱う名店へと発展していったそうです。銀座店を構えたのは2013年のこと。銀座という格調高い街でありながら、店内に角打ちのスペースが設けられていることも、店の歴史を物語ります。
今回は、店長の大塚愛実さんにご相談しつつ、しっかり試飲もして納得のいくお酒を選びました。辛口好きという僕のリクエストで真っ先にご紹介くださったのは、秋田県で明治期に創業した山本酒造店の『ど辛』。口に含むと仄かな甘さを感じながらも、その名の通りキレがよく、きりりとした辛さが一気に押し寄せる変化が絶妙でした。熱燗好きの僕としては、冷やでも燗酒でも楽しめそうだと思います。
大塚さんがレコメンドする豊富な引き出しに、村雨さんの日本酒への知的好奇心も広がります。
続いては、これから年末年始にかけてホームパーティなどに招かれた際の、手土産におすすめの日本酒を聞いてみました。まず、「タコやイカのマリネのような、ビネガーを効かせた前菜と相性がよく、乾杯の日本酒としておすすめです」とグラスに注いでくださったのは、佐賀の光栄菊酒造の『光栄菊 アナスタシア・オレンジ』。優しい甘味と柑橘系の香りが爽やかな印象で、和食にも洋食にもマッチしそうです。一方、「デザートのように楽しめますよ」とご紹介くださったのは、仙台伊澤家 勝山酒造の『勝山 鴒(れい)』。マスクメロンのような香りが広がり、甘いお酒が苦手だった僕にとっても目から鱗の美味しさでした。
最後に「個人的に蔵元を訪れるほど“推し”の1本です」と大塚さんが取り出したのが、香川県の丸尾本店の『凱陣(がいじん) R6BY 花巻産亀の尾 山廃純米無濾過生酒』。実は、このお酒は僕にとって修行時代の思い出の銘柄。原料として確保するのが困難な酒米「亀ノ尾」を用いた純米酒で、仕込みの量も限られているため、その後なかなか巡り会う機会がありませんでした。一口飲むと、発酵で生まれる山廃ならではの酸味とナッツのような旨味が感じられ、親方と初めて腹を割ってお酒を飲んだときの記憶が蘇りました。皆さんも自分へのご褒美や贈り物に、これぞというストーリーのある日本酒を選んではいかがでしょう。
左から『光栄菊 アナスタシア・オレンジ』(720ml)2200円、『凱陣 R6BY 花巻産亀の尾 山廃純米無濾過生酒』(720ml)2530円、『勝山 鴒』(720ml)4004円。

最終的に村雨さんが求めたのはこちら。思い出の日本酒との思いがけない再会に満面の笑みを浮かべて。
●訪れたお店
銀座君嶋屋
住所:東京都中央区銀座1-2-1紺屋ビル1F
電話:03-5159-6880
https://kimijimaya.co.jp/shop/ginza
村雨さんが見つけた二十四節気

左・「枝の間からのぞく朝月に静かな冬の訪れを感じました」と村雨さん。この連載を通して、日々の情景や季節に向ける眼差しにますます磨きがかかっているようです。右・冬の気配を感じたメちゃん、玄関の遠くからお出迎え。
村雨辰剛(むらさめ たつまさ)1988年スウェーデン生まれ。19歳で日本へ移住、語学講師として働く。23歳で造園業の世界へ。「加藤造園」に弟子入りし、庭師となる。26歳で日本国籍を取得し村雨辰剛に改名、タレントとしても活動。2018年、NHKの「みんなで筋肉体操」に出演し話題を呼ぶ。朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」や大河ドラマ「どうする家康」、ドラマ10「大奥 Season2 医療編」など、俳優としても活躍している。著書に『僕は庭師になった』、『村雨辰剛と申します。』がある。