〔特集〕パリ『アール・デコ博』から100年 女たちの「アール・デコ」フランスで花開いた「アール・デコ」は2つの世界大戦の間におこった芸術運動です。より女性が社会進出していった時代、デザインにはどんな変化が起こったのか? アール・デコのジュエリーを中心に、時代を紐解きます。
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「アール・ヌーヴォー」と「アール・デコ」の根本的な違いを知る
文・宝飾史研究家 山口 遼
Art Nouveau(アール・ヌーヴォー)
19世紀末~20世紀初頭/曲線・自然主義・大ぶり

袖も裾もボリュームたっぷりなドレスが主流だったアール・ヌーヴォー期。その中心にいたのが、女優のサラ・ベルナール。自然のモチーフや曲線で表現される優美な装飾性のアール・ヌーヴォーの芸術を体現し、当時アルフォンス・ミュシャほか、多くの芸術家が彼女をモデルに作品を描いた。(写真:ALBUM/アフロ)
当時の主流ではなかった先進的デザイナーの奇抜でユニークな作品たち
アール・デコのジュエリーを知るためには、歴史におけるジュエリーの流れを知る必要があります。
18世紀末に始まった産業革命の成果として、ヴィクトリア時代を通じて普通の大衆が着けられるジュエリーが大量に作られ、使われる一方で、これまでの主な顧客であった上層の人々は、英国ではエドワーディアン、フランスではベルエポックと呼ばれるジュエリーを買い続けていました。
その特徴は、自由に使えたプラチナと、主にアフリカ諸国から大量に届けられるようになったダイヤモンドの組み合わせです。問題なのは、そのどちらも、デザインや作りの面で、いささかマンネリに近い、手垢のついたものでした。
こうした風潮に対して、フランスやベルギーを中心に、ジュエリーに新しい美を求める動きが出てきます。
主に東洋の文物に見られるデザインを応用し、極端なまでに曲がりくねった線を多用した、後年ではアール・ヌーヴォーと呼ばれる運動です。フランスのラリックやフーケ、ベルギーのウォルファースなどが著名で、多くの傑作を残しています。
ルネ・ラリックによる、エナメルとパールを用いたフレンチ・アール・ヌーヴォーのペンダント。長方形のゴールドプラークには、5人の白いニンフがあしわられ、ニンフのレダが白鳥に変身する場面を描いたもの。中央の裸婦、睡蓮の花などにヌーヴォー特有の曲線が使われている。1902~1903年頃、フランス

エナメルを施したゴールドの睡蓮のフレームの中に長く編んだ髪を乾かしている女性の裸像が収められたブローチ。女性は足もとのプリカジュールによる青い池に浮かぶハクチョウを見つめており、ハクチョウは嘴(くちばし)を彼女のほうに向けて近づいている。フレームの基底部には、2本の睡蓮の間にダーク・ブルーのサファイアがあり、長方形の縁飾りに囲まれている。ルネ・ラリック作。1898年頃、フランス
間違えてはいけないのは、アール・ヌーヴォーはこの時代のメインストリームではない、まあ、いってみれば、大通りからちょっと曲がったところで、デザイナー自らが作り、売っていたのがアール・ヌーヴォーなのです。
フレンチ・アール・ヌーヴォーのエナメルとパール、宝石をセットしたイエロー・ゴールドのコルサージュ・オーナメント。アルフォンス・ミュシャのデザインによるジョルジュ・フーケ製作のもので、その円盤にはミュシャによってヴェラム(子牛の革)に描かれた乙女の頭像と羽ペンを持つ女性像が収められ、4本のチェーンがさまざまな宝石を吊り下げている。1900年頃、フランス
当時の大宝石店、パリのカルティエとかロンドンのガラードなどは、ヌーヴォーといえるジュエリーはほとんど作っていません。