
男子3000メートル障害物の決勝、フィニッシュラインを駆け抜けた三浦龍司選手は、歩を緩めたのちトラックに膝をつき、順位が表示されていく電光掲示板を見つめました。死力を尽くしたレースの後、倒れ込んだり、へたりこんだりする選手は珍しくありませんが、学生時代から、激しいデッドヒートの直後でも、余裕があるように見えていた三浦選手には珍しいこと。ただ、それはほんの数秒で、すぐ立ち上がると、爽やかな笑顔でほかの選手たちと健闘を称え合いました。
2021年東京五輪7位、ブダペスト2023世界陸上6位、2024年パリ五輪8位に続き、東京2025世界陸上で8位入賞を果たした三浦選手。誰にでもできることではない立派な成績ですが、三浦選手は入賞とは別に、2つの大きなことも成し遂げました。
一つは、自らの走りで大観衆を熱狂させ、日本人にサンショー(3000メートル障害物の愛称)の面白さを広めたこと。それは三浦選手がずっと目指してきたことでした。
中学時代、初めて国内の大会でサンショーのレースを見たとき、「昼ご飯どきにやっていて、ほとんど誰も見ていなかった」と本人が回想するように、国内では長くマイナーだったこの種目。その理由には、日本人に世界で戦える選手がいなかったことや、トップ選手たちが競う大会の大半が海外で開催されていることなどがあるでしょう。
今回、ほかの選手との接触でバランスを崩し、ラストの数十メートルで順位を大きく落としてしまい、「サンショーの難しさが最後に出た」と話しましたが、身長168センチの三浦選手が、194センチのスフィアン・エルバカリ選手たちとしのぎを削る姿に心を揺さぶられ、この種目の魅力に目覚めた人も多いはずです。
三浦選手が成し遂げたもう一つのことは、本人が確かな成長を感じ取れたこと。
東京五輪と同じ自国開催、同じ国立競技場で実施される今回の世界陸上を、三浦選手は大会前、「自分がこの4年間でどれだけ成長できたかを確認できるチャンス」と話していましたが、レース後、「最後のサバイバルレースにしっかりついていくことができましたし、4年前に東京五輪で走ったときよりは、確実に成長できていると感じます」とその手応えを話しました。
「ラスト1周、叩き合いになったとき、結構かぶさってくるかなと思ったんですけど、自分がスパートかけたときにうまくかわしていくことができて、ギルマ選手の後ろにつくこともできたので、その瞬間はメダルが見えたかもと思いました。その分悔しさはすごく大きいですね」
三浦選手は、7月のダイヤモンドリーグ(陸上競技の最高カテゴリーの大会で、世界各地で全15戦開催)モナコ大会で8分03秒43という今季世界3位のタイムを叩き出してから、以前より、ほかの選手に認知され、マークされるようにもなったといいます。レース直後、多くの選手が彼に握手や記念撮影を求める様子からも、三浦選手がまぎれもなく、世界のトップ選手であることが伝わりました。
故郷、島根からも多くの人が応援にかけつけていたことへの感謝も口にしつつ、今大会で走れたことを「幸せ」「宝物になる思い出」と語った三浦選手。最後は「フラットな部分の走力など、基盤になるところをもうちょっとレベルアップできれば、記録の伸びしろが見えてくるんじゃないかなと思います」と力強く語りました。
観戦していた誰もが「メダルが見えた!」と思えた、最高にワクワクする瞬間への感謝も込めて、三浦選手と彼を支える「チーム龍司」に心からのエールを送ります。
取材・文/清水千佳子