アルビオンアート・コレクション 美と感動の世界 比類なきジュエリーを求めて 第10回 歴史的ジュエリーの世界的なコレクターである有川一三氏の「アルビオンアート・コレクション」。宝飾史研究家の山口 遼氏の視点で、宝飾芸術の最高峰に触れる第10回は、日本由来のジュエリーについてご紹介します。
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Vol.10
ジュエリーにおける日本
見事という一言に尽きるジャポニズム
ジュエリーの歴史の中で、日本が占める地位は低いといわざるを得ません。市場として見た場合には小さくはなく、おそらく今でも成人女性一人当たりのジュエリーに対しての支出ではベストスリーには入るでしょう。しかし、ジュエリーを作る側となると、世界で通用する宝石商は1~2社ほどしかないという状態です。これは、我々の祖先は長い歴史の中でジュエリーをほとんど作り使わなかったという、世界的にも不思議な国であったためかも知れません。
ジュエリーはなくとも、金属工芸には素晴らしいものがあり、武器、仏具、仏像や日用品には恐ろしく細密な作品があり、日本独自の金属も作られていました。またデザイン面でも、浮世絵をはじめ世界を驚倒させるものがありました。こうした日本美術が、欧州のジュエリーに応用された時期があります。アールヌーヴォーが流行した、19世紀末から20世紀初めの頃です。
素材:ゴールド、サファイア、エナメル
製作年:1925年頃
製作国:フランス
ヴァシュロン・コンスタンタン 作
ジャポニズム 印籠スタイルウォッチカワセミが蓮の茎に止まるジャポニズムの景観をエナメルで表現。印籠デザインの紳士用懐中時計として重宝された。表面の時計は文字盤がアラビア数字。
上の懐中時計は、江戸時代まで広く使われていた印籠をデザインにしています。普通は印籠と尾締めと根付で構成されますが、これは尾締めが抜けています。ここでは時計の裏面をご覧ください。日本画の応用か、蓮に止まる小鳥を繊細な七宝で描いています。根付は草花の透かし模様のシンプルなものですが、紐には白の七宝が施されています。帯ではなく、衣服のベルトの部分に差し込んで持ち歩いたのだと思われます。
素材:ゴールド、エナメル
製作年:1870年頃
製作国:フランス
アントワーヌ・タール 作
ファリーズ
エナメルディスク ネックレスアントワーヌ・タールがファリーズのために製作したネックレス。クロワゾネ・エナメルを用いた技術とクリエイションは、この時代の最も独創的なジュエリーの一つといえる。
もう一つはファリーズで、5個の円盤の裏表に、植物、昆虫、鳥など、多彩なエナメルでデザインしています。クロワゾネ、日本では有線七宝と呼ばれる、細い金属線で枠を作り、その中に色の違うエナメルを流し込んだもの。合計10枚のデザインは日本の版画で、全部柄が違います。その日の気分でどちらを使うか楽しめそうですね。
素材:赤銅、ゴールド
製作年:1875年頃
製作国:イギリス
シャクドウのスイートペンダント、クリップ、ブレスレット、ヘアピン、そしてイヤリングがセットになったジュエリーは、花と葉や、鳩や鶴や鷲といったさまざまな鳥類も装飾されている。ネックレスの扇とクロスは着脱できる。極めて日本的な美意識が随所に溢れた作品。
最後に、絢爛たるセットのジュエリーは、赤銅と呼ばれる日本独自の金属が使われています。銅に少量の金を混ぜ、酸の中で煮沸しますと、紫色の発色をします。それを使い、草花や鳥などを描いた扇子やプラークを応用してジュエリーにしています。金属もデザインも日本のもので、19世紀中頃に輸出されたと思われます。
私見ですが、これはもともと木製の簞笥や小箱などの飾りに使われたものを取り外し、欧州でジュエリーに作り直したのだと思います。この名作は有川さんの手でアメリカのメトロポリタン博物館に寄贈され、展示されています。
全体の構成といい模様といい、どこから見ても日本。アールヌーヴォーの時代に多く見られた、日本から影響を受けたジュエリーは、どれも見事の一語に尽きる作品です。
(次回へ続く)
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