〔連載〕80代、現役女医の一本道 ペットとの暮らしは、私たちを癒やし、活動的にしてくれます。孤独感が軽減するだけでなく、なくてはならない大切なものを私たちにもたらしてくれます。一方、動物の世話の負担やペットロスなどの不安も。今回は、高齢期からでも安心してペットと暮らす方法について考えてみましょう。
第3回 ペットとともに生きる

撮影/鍋島徳恭
天野惠子(あまの・けいこ)1942年生まれ。内科医。医学博士。東京大学医学部卒業。静風荘病院特別顧問。日本性差医学・医療学会理事。NPO法人性差医療情報ネットワーク理事長。性差を考慮した女性医療の実践の場としての「女性外来」を日本に根づかせた伝説の医師として知られる。82歳の現在も埼玉県・静風荘病院の女性外来で診療にあたっている。
53歳、52歳、45歳の3女の母。
人生を明るく照らす相棒
ひとり暮らしの私の相棒は、サイベリアン・フォレスト・キャットのハク(5歳)と、チンチラシルバーのマー君(4歳)。そこにいるだけで私を癒やしてくれる、なくてはならない存在です。
私が最初にペットを迎えたのは小学1年生のとき。捨て猫のタマを拾ってきたことがきっかけでした。以来、猫や犬たちは常に私のそばにいて、友だちであり、心の支えでもありました。
中学生のとき、父の転勤で東京に引っ越す際には、飼っていた猫のタマや犬のロンを手放さなければならず、引き取り手を見つけたものの、タマのほうは引き取られてすぐにどこかへ逃げ出してしまったと聞きました。最後まで飼ってあげられなかったことは後々まで私の大きな心の傷となりました。
海外留学中や結婚・出産をはさむ7年間はペットとは無縁の生活でしたが、出産後、再びペットとの暮らしが始まりました。私が勤務する大学病院の構内で車に轢かれてケガをした子犬・幸之助を保護したのを皮切りに、カラスにさらわれそうになっていた生後まもない子猫のメル、北海道犬のサチとも生活をともにし、飼ったペットは総勢12匹。全員愛おしい存在で深い絆を築きましたが、彼らの死はいつもつらく、特にサチを亡くしたことはこたえました。
悲しい別れを乗り越えてそれでもなお求めた理由
サチが亡くなったとき、私は72歳。「もうペットを飼うことはない」と思いました。高齢になってからのペットの世話には体力的な不安がありますし、最後まで責任を持てるかわからないからです。
そんなとき、ひとり暮らしの私を心配した長女のすすめで出会ったのが、ハク。生後4か月になっても引き取り手が見つからず、このままでは処分されるかもしれないと思い、迎えることにしました。
ハクはとても賢く、飼い主に忠実な猫で、私は再び始まったペットとの暮らしに心癒やされる日々でした。ところが、仕事で留守がちな私に「ハクだけで留守番はかわいそう」と再び長女から声がかかり、今度は1歳下のマー君と出会いました。小さくて弱々しく、病気がちでしたが「私が助けなければ」と思い、迎えることに。治療に通って、今では元気になり、毎日私の暮らしに彩りを添えてくれています。
イラスト/上大岡トメ
老いの不安を和らげ幸福感をもたらす
高齢になると、孤独感や運動不足に悩むこともありますが、ペットとの暮らしにはそれを和らげてくれる力があります。朝の散歩、食事の世話、定期的な健康チェックなど、日々の行動が生活のリズムを整え、生きる目的にもなるでしょう。
また、ペットは会話のきっかけにもなり、近所づきあいや社会との接点を保つ役割も果たしてくれます。東京都健康長寿医療センターの調査では、犬とのふれあいが脳を活性化し、認知症のリスクを下げるとの報告もあります。
私は犬も猫も飼いましたが、猫はツンデレだけれど、つかず離れずで寄り添ってくれる存在。犬は忠実で気のおけない相棒という感じ。散歩が大好きなので嫌でも運動不足解消になるのが、犬の飼い主の特権です。
必要な情報の集め方
ペットを飼うことに不安を感じる高齢者は少なくありません。自分に何かあったとき、ペットはどうなるのかという心配もあります。私の場合は、万一の際には長女が猫たちを見てくれると約束していたので、飼う決心がつきました。
最近では、ペットの後見人や譲渡先を確保しておく制度も整いつつあります。例えば「一般社団法人動物共生推進事業」のような団体では、飼い主に代わって新しい里親を探す「飼育保証制度」がありますし、「ペット後見.jp」(NPO法人人と動物の共生センター)では、後見人の探し方や必要資金の準備についても知ることができます。
ペットロスとどう向き合うか
ペットを失う悲しみは計り知れません。特にひとり暮らしの高齢者にとっては、喪失感もまた深いもの。どんなに尽くしても、「もっとやれることがあったのでは」という後悔は避けられません。無理をせず、悲しいときには泣いてもいい、だれかに話を聞いてもらってもいい。「ペットロスカウンセリング」などの専門サービスを頼るのも、立ち直りのための第一歩です。
私も多くの別れを経験し、悲しみに暮れたこともありました。けれど、命には限りがあり、それを受け入れながら生きるのが私たちの務めかと考えています。だからこそ、生きている間にできる限りの愛情とケアを注ぎたい。早めの通院、定期健診、快適な住環境の工夫──それが飼い主としての責任です。
ペットの供養や火葬についてもあらかじめ考えておくとよいかもしれません。私の場合は、ペットが亡くなると、大泉寺(東京都練馬区)という動物供養を行ってくれるお寺で荼毘に付しました。火葬の間、私は娘たちとお寺の客間で待機し、火葬後、あらためて住職の方に弔いをしていただき、大切に骨壺を持ち帰りました。その後も毎年慰霊供養をしていただいています。昨今のペットブームでこうしたお寺は増えていますから探しておくと安心です。
ペットとの暮らしに必要な工夫と備えを知っておく
もう一つ避けて通れないのが「お金」の問題です。医療費、トリミング、フードなど、ペットのために月1万円前後はかかるのが一般的です。ペット保険への加入や、老犬・老猫ホームを利用する場合の費用(年間約40万円~)も、事前に検討しておくと安心です。
高齢者がペットと暮らすことには、大きなメリットがある一方、体力的・経済的・精神的な負担もあります。でも、それらを乗り越える工夫やサポート体制は、少しずつ整ってきています。
「高齢だから」とあきらめる前に、しっかり備えて、無理のない形でペットとの暮らしを楽しんでみませんか? かわいらしいまなざしで見つめてくれる命が、きっとあなたの生きる活力となり、毎日を豊かにしてくれるはずです。
◆今月の生きるヒント◆
小さな命と暮らす日々がひとり暮らしの人生を明るく照らし、より深みと豊かさをもたらしてくれる。
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