〔特集〕戦後80年インタビュー特集 戦争を知らない私たちはどう戦争を語り継いでいけばいいのだろう “戦争の記憶の風化”ということがいわれるようになって久しい。戦争を経験した世代が日本の人口の1割を切り、両親や祖父母から戦争の話を聞くという体験をした世代すら減少する一方だ。戦後80年という節目の今、世界でさまざまな平和式典が開かれる傍らで、ウクライナ戦争、パレスチナ・イスラエル戦争など、過去の過ちに対する反省や学びなどまるでなかったかのように戦争を起こす人たちがいる。どの国の戦争であれ、いつの時代の戦争であれ、戦争を始めようとするのは少数の人間で、被害が及ぶのは平和に暮らしたい普通の人々だという事実。
そして多くの場合、本を正せば、戦争を起こす人たちにその権限を与えたのはその犠牲となる人々であるという矛盾。戦争は始まったその日から、ありふれた日常も、思い描いていたささやかな未来も、すべて奪い取っていく。
私たちの両親や祖父母の心にそうした戦争への嫌悪が深く刻まれていることが、今過去のこととして忘れ去られようとしている。戦後世代の私たちがこの先どう次世代に戦争を語り継いでいくか、その責任が問われている。
前回の記事:カズオ・イシグロさん「80年の平和を普通のことと思ってはいけない。常に世界の動向を見つめて」>>
【戦後80年の間に起きた国々を巻き込んだ戦争】※人数は民間人の死者数。ただし調査機関によって数字に隔たりがある
・朝鮮戦争1950〜1953年200万人以上(Bruce Cumings "The Korean War : A History")
・ベトナム戦争1955〜1975年200万人以上(The Vietnamese government)
・ユーゴスラビア紛争1991〜2001年7万人以上(Humanitarian Law Center)
・アフガニスタン紛争2001〜2021年7万人以上(The Watson Institute for International andPublic Affairs)
・イラク戦争2003〜2011年約50万人(PLOS Medicine)
・シリア内戦2011〜2024年16万4000人以上(シリア人権監視団)
・ウクライナ戦争2022年〜1万3000人以上(国連人権高等弁務官事務所)
・パレスチナ・イスラエル戦争2023年〜5万人以上(パレスチナ・ガザ保健省。ただし戦闘員を含む)
ガザを支援するオークションを主宰した
坂本美雨さん(ミュージシャン)
戦争下にいる遠くの誰かとSNSで繫がった時、それは“自分事”になる
坂本美雨(さかもと みう)ミュージシャン。1980年青森県生まれ。東京とNYで育つ。音楽に加え、執筆、ナレーション、演劇など多岐にわたって活躍。NHK Eテレの『日曜美術館』の司会や、TOKYO FM『坂本美雨のディア・フレンズ』のパーソナリティ、映画『忘れない、パレスチナの子どもたちを』のナレーションなど。今話題の映画『国宝』の主題歌の作詞を担当した。父は坂本龍一、母は矢野顕子。
子どもを殺すなということは間違いだろうか。そこに思想も立場も必要ない
2024年、坂本美雨さんはパレスチナのガザを支援するため、自身が発起人となり、アーティストたちによるガザ人道支援オークションを行った。
始まりは坂本さんのSNSによる発信だった。現地のジャーナリストや一般の市民たちがSNSにガザの状況を投稿し、現状を広めてほしいと願っているのを知り、坂本さんがフォロー。それを契機に現地の人々とSNSでのやりとりが始まった。
「たぶん『日本の女性が自分たちのことを発信してくれている』ということが広まって、現地の人たちから私に直接連絡が入るようになったんです。
検問所が開いていた頃は一人80万円ほど払えばエジプトに逃げることができたので、「Go Fund Me」という個人が資金を募るサイトで本当に多くのガザの人たちが支援を募っていました。その宣伝をしてほしいと毎日読みきれないくらいメッセージが届いて」
主にインスタグラムでのやりとりは英語で、すべて一対一。やりとりが続く人もいれば、続かない人もいる。
「文字だけでも通じ合うものって不思議とあって、長く交流が続いている人たちもいます。戦争の話だけではなく、甥っ子や姪っ子の話とか。自分が苦しいはずなのに、あなたの体調はどう? と私や娘のことを心配してくれたり、普通の友達のような会話をしています」
そして「パレスチナのことを何も知らなかった」坂本さんは自身のSNSで一人の人間としてガザの現状を伝え始める。国内にはそれをよく思わない人もいるが、坂本さんの意思は固い。
「顔の見えない人の書き込みの中には、“アーティストごときに何がわかる、音楽家は音楽だけやっとけ”というのもあって、専門家以外語ってはいけないといった風潮があるのは確かです。『よほど詳しいからこそ、あなた(坂本さん)はいっているんですよね』って。
でも私は、政治に限らず何に対しても、全然詳しくなくても、素人であっても、嫌なことは嫌だっていっていいと思っています。『じゃ解決策があるのか』と求められても完全な答えは出せない。けれど『わからない』でもいいんですよ。だってどんな立場であろうが、どんな政治思想であろうが、“子どもを殺すな”ということが間違いなわけがない。
それなのに『いろいろ歴史的な背景があるから』とか、『中立でありたい』と言われることも。でもね、子どもを殺すことに中立の立場なんかないと思うんですよ」
一児の母でもある坂本さんの語り口は穏やかだが、どこか父の坂本龍一さんを彷彿させる。知ってしまったらやるしかない。知らない頃には戻れない。
今まさに遠くの国で戦争に巻き込まれているごく普通の家族、子どもたち。日本にガザの惨状はメディアを通じて伝えられてきたが、人は最初、伝え聞く惨状に心を痛めつつも、情報が減ればやはり遠い国の出来事としてしか受けつけないようになるのかもしれない。
けれど、今はSNSを通じてその人たちとダイレクトに接触し、その人たちの置かれた状況を知り、その相手に声をかけることができる。坂本さんの言葉を借りれば「ボタン一つ」。「遠く」は「近く」になり、「相手の日常」は「自分の日常」となる。大切な友人を守るために誰かに伝えずにはいられなくなる。
小さなひと言が世界の救済に繫がらないとは誰もいえない。考えてみれば、この方法は現代において戦争を語り継ぐことそのものだ。