アルビオンアート・コレクション 美と感動の世界 比類なきジュエリーを求めて 第9回 歴史的ジュエリーの世界的なコレクターである有川一三氏の「アルビオンアート・コレクション」。宝飾史研究家の山口 遼氏の視点で宝飾芸術の最高峰に触れる連載の第9回は、ジュエリーの刻印について考察します。
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Vol.9
刻印の始まりとは
ジュエリーの作者がわからない不思議
ジュエリー、広くいえば装身具というものが、人類にとって最も古い道具の一つであったことは知られています。特に西欧において、文明らしきものが発達したギリシャ・ローマ時代以降、絵画、彫刻、詩歌、音楽などとともに、装身具が文化の一つとして定着してきたことは、今日、西欧の美術館や博物館に展示されている膨大な数の遺品を見ればわかることです。
ところが、装身具だけ、他の文明と違うことがあります。作者がわからないのです。絵画や彫刻などは、ある程度、誰がいつ作ったかがわかります。音楽や詩歌も同じです。ジュエリーだけが、息を呑むような傑作でも、作者がわからない。というよりも、あえて名前を残そうとしなかったことがうかがえます。長いジュエリーの歴史で、かろうじてジュエリーの作者として名前が出るのは、16世紀中頃にイタリアで活躍したベンヴェヌート・チェリーニという男性だけ。彼の自伝には、たくさんのジュエリーを作ったと記載されているのですが、今日、彼の作品とされるジュエリーは一個も残っていないのです。
素材:ゴールド、エナメル
製作年:1860年頃
製作国:イタリア
カステラーニ 作
考古リバイバル ミルフィオリブローチ満開の花々の中に小さなキューピッドが横たわる可憐なデザイン。敷き詰められたさまざまな大きさの花は、薄いブルーやホワイトのエナメルで装飾されている。繊細なモチーフは、セルモネタ公爵ミケランジェロ・カエターニのデザイン画から着想を得ている。

ここでカステラーニが登場します。上のブローチを見てください。薄いブルーや白のエナメルの花の中に、小さなキューピッドが横たわっており、金線やブルーのエナメルで何重にも取り巻いています。見事な作品ですが、ここで重要なのは裏面。菱形の中にCCの文字が見えます。これがジュエリー史において、自分が作ったということを示す刻印の始まりです。しかも貼刻印といって、本体とは別にこしらえた刻印を貼り付けたもの。大変な手間です。彼の一番弟子であったカルロ・ジュリアーノも、貼刻印を使っています。
小さな真珠を使った繊細なネックレスをご覧ください。クラスプの裏面に小さく、CとGのイニシャルを貼り付けています。CとGは似ていますから時々間違えられます。
素材:ゴールド、シードパール、エナメル、ダイヤモンド
製作年:1880年頃
製作国:イギリス
カルロ・ジュリアーノ 作
ダイヤモンドとパールのネックレス繊細なシードパールとモノクロのエナメルを用いたエレガントなネックレスは、当時、大きな流行となったデザイン。クラスプ部分にC.Gの貼刻印が見てとれる。

ジュリアーノは、流石に手間が大変なことを嫌ったのか、やがて刻印を貼るのではなく、直接打ち込む、打ち刻印を使うようになります。
素材:ゴールド、サファイア、ルビー、パール、ダイヤモンド、エナメル
製作年:1880年頃
製作国:イギリス
カルロ・ジュリアーノ 作
ゴールドと宝石のバングルセンターのダイヤモンドをカリブルカットのルビーやサファイア、パールで取り囲み、さらにグリーンのエナメルをあしらった、ジュリアーノらしい色鮮やかなデザイン。蝶番の部分にC.Gと刻印されている。

上の色石と真珠のカラフルなバングルは、蝶番のところにCとGの刻印を打ち込んでいます。この直接打刻する方法は、今日のほとんどのジュエリーに用いられています。
素材:ゴールド、エメラルド、ダイヤモンド、エナメル
製作年:1925年頃
製作国:フランス
カルティエ 作
フルーツ・ボール・ブローチ6個のカボションカットのエメラルドが印象的な、カルティエの「トゥッティ フルッティ」は、1925年のパリ万博で人気を呼んだ。刻印は裏面の針にある。

お皿の上に緑の果実が載ったブローチは、アールデコ時代の名作、カルティエのトゥッティ フルッティ。裏側のピンの上に、CARTIERの刻印がはっきりと見えます。この時代になると、グランメゾンのジュエリーにもこうして刻印があります。今では当たり前のようにどんなジュエリーにも刻印されていますが、ここに至るまでには長い歴史があるのです。
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