アルビオンアート・コレクション 美と感動の世界 比類なきジュエリーを求めて 第8回 歴史的ジュエリーの世界的なコレクターである有川一三氏の「アルビオンアート・コレクション」。宝飾史研究家の山口 遼さんの視点で宝飾芸術の最高峰に触れる連載の第8回は、プラチナの登場によって発達した技法について考察します。
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Vol.8
プラチナの素晴らしさ
プラチナが生んだ3つの技法とは
ジュエリーに使われる金属は、金、銀、プラチナの3種類がほとんどです。中でも、金や銀は大昔から広く使われてきました。国や時代によっては、銀の方が金よりも高価だったこともあります。しかし、プラチナは違う。初めて登場するのはスペイン人が中南米に行き始めた頃。それまでは未知の金属でした。
16世紀の初め頃、中南米の国々で自然の塊として見つけられ、西欧に持ち帰られて、これを利用しようという試みが始まります。もちろん、ジュエリーへの応用もあったでしょう。しかし全く手に負えなかった。その当時、人間が作り出すことができた熱では溶けなかったのです。1850年前後に酸水素バーナーが作られ、やっと溶かせるようになり、ジュエリー製造にプラチナが使えるようになったのは19世紀末のことです。
20世紀初頭、英国ではエドワーディアン、フランスではベルエポックと呼ばれる時代が始まります。プラチナの登場で、それまでになかったジュエリー作りの技術が新たに登場します。
素材:プラチナ、ダイヤモンド、エメラルド、サファイア
製作年:1910年頃
製作国:イギリス(推定)
あざみのプラーク中央にダイヤモンドを据え、それを取り囲むようにあざみの花をあしらったブローチ。手作業で一つ一つ蜂の巣状に切り出すピアーシング技法は、プラチナだからこそ成しえる圧倒的な美を実現している。
上の作品は、あざみの花をデザインしたブローチです。注目すべきは花ではなく、背景にあるほぼ六角形をした蜂の巣状の部分。これは細い線を貼り合わせたのではなく、極端に細い糸鋸を使い、一つ一つプラチナ板から切り出しています。技術的にはピアーシングと呼ばれる、ごく細いシャープな線は、板から切り出さないと表現できません。気の遠くなるような技術です。
下は、素晴らしいダイヤモンドの指輪。見どころは側面。ダイヤモンドを留めている枠の縁にある、小さな粒状の飾りです。これをミルグレイン、日本ではミル打ちと呼びます。プラチナの枠の縁の部分に、直角に等間隔で打ち込みをつけることで、粒状の突起が生まれます。目的は金属の部分が光りすぎるのを防ぐことと、デザインに精密さを加えるため。その手間は大変なものです。
素材:プラチナ、ダイヤモンド、エメラルド
製作年:1910年頃
製作国:イギリス(推定)
ソリテア・ダイヤモンド・リング大粒のダイヤモンドを支えるようにデザインされた、側面のプラチナに注目。極めて細やかに施されたミル打ちの正確さに、職人技が光る。
素材:プラチナ、ダイヤモンド
製作年:1910年頃
製作国:フランス
チョーカーネックレスブシュロンの卓越した技を駆使したネックレスは、花網装飾の典型的なガーランドスタイル。ナイフエッジ技法に加え、表から見えない石留めの爪、精巧なメッシュ構造など、金属の使用を最小限に抑えることで、ダイヤモンドが宙に浮いているかのような輝きを叶える。
最後はネックレスですが、ダイヤモンドのパーツを縦に繫いでいる細い糸のような線を見てください。これはナイフエッジと呼ばれる技法で、正面から見ると糸のように見えますが、横幅はしっかりとある。ナイフや剃刀を正面から見ると線のように見えるのと同じことで、糸のように見えても強度はしっかりとあります。
この3つは、硬度があるプラチナでなくてはできない難しい技法で、今ではこれらができる職人も少なくなりました。日本はプラチナ大国で、ジュエリーの中でプラチナ製品の比率が一番高いのです。こうしたプラチナならではの緻密な技法から生まれる、シックで繊細な輝きが、日本女性に支持されているのでしょうか。
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